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2018年2月21日 (水)

世人大学習会

昨日は世界人権宣言大阪連絡会議の連続学習会に参加しました。


昨年11月に蛍池人権まちづくりセンターで開催された
現代的課題講演会でお越しいただいた三木幸美さんのお話だったんですが、
当日、子どもの体調不良で参加できなかったので、弁天町まで行ってきました。
詳しい報告はこちらのブログをご覧ください。
 
三木さんはお母さんがフィリピン人でお父さんが日本人。
当時の国籍法の関係で出生届を出せないまま出産だったため
8歳まで無戸籍でした。

三木さんはまだ20代です。

無戸籍の問題が昔の問題ではなく、今もある問題だということがわかります。


戸籍がないということは、保険証が作れないイコール病院に行けない。

保育園にも行けない。そして就学案内も来ない
ということです。


けれども、隠れるように暗く生活してきたわけでもなく、
両親や地域の人たちに愛されながら育ってきたんだなーという様子がわかりました。

自分自身や母親のルーツ、アイデンティティを模索しながら、
国際交流協会でのボランティア、そして同じような境遇の子どもたちにも自分のルーツやアイデンティティに自信を持ってほしいという思いで、三木さん自身も習っていたダンスを子どもたちに教えます。


大人がとかく言いがちな「誇りを持ちなさい」とか、「自分らしく生きなさい」などとは言わずに
そういうことを押し付けることなく、子どもたちの持つチカラを信じて、ひたすら見守り、待つという姿勢に、私にはできないことだなぁと思いました。

在日コリアンと在日ハーフ(ダブル)では、異なる部分はあるにせよ、

共感する部分は少なからずありました。


都合のいいときだけの「外国人」と、必要でないときは切り捨てられる「外国人」

「ちがい」をなかなか受け入れてくれないこの国で、
外国にルーツを子どもたちの「居場所づくり」は非常に大切なことだと感じました。


大人の事情に振り回されることなく、自分らしく子どもたちが生きられること
そして、三木さん自身もいろんな重圧に押しつぶされることなく
今の取り組みを進めていってもらいたいなと感じました。

2018年2月20日 (火)

2018年度事業計画

3月13日、第3回理事会を開催。2018年の事業計画(案)、予算(案)が審議され、承認していただきました。冒頭の部分を採録します。

はじめに

 

(1)2016年に「障害者差別解消法」(41日)、「ヘイトスピーチ解消法」(63日)、「部落差別解消法」(1216日)の「人権三法」が相次いで施行されました。これらは立法を必要とする社会的事実があること、言い換えれば、人権侵害を引き起こす差別の現実があること前提にし、それを防止・緩和・解消することを目的につくられました。

「障害者差別解消法」は、国連の「障害者の権利に関する条約(障害者権利条約)」の締結のために必要な国内法の整備の一環として制定されたもので、差別解消のための具体的な措置が盛り込まれていますが、「ヘイトスピーチ解消法」と「部落差別解消法」には、具体的な措置が明記されていません。だから、ヘイトスピーチ(デモや街宣を含む)は今も公然と行われているし、被差別部落の所在地情報も暴露されたままです。法律はできましたが、それを実効あらしめるための取り組みをしていかなければなりません。

 

(2)世界に眼を転ずると、トランプ大統領の様々な差別発言が批判を浴びながらも止まない現実、欧州における移民排斥を掲げる右派の伸長、「北朝鮮」の核・ミサイル問題をめぐる緊張など、平和と人権を脅かす状況が続いています。また、国内では9条を含む憲法改正の動きがありますが、これは戦後72年かけて築いてきた国のありようを大きく変えるもので、平和と人権にも直結します。

折しも本年は「世界人権宣言」70周年にあたりますが、人権は、「自由、正義及び平和の基礎である」ことを再確認し、取り組みの強化を図らねばなりません。

 

(3)1918年に富山県の魚津で起こった「女一揆」が全国に広がり、「米騒動」となり、社会を揺るがす事件となって100年になります。豊中では克明小学校に「廉売所」が置かれ、困窮者に安売りが行われたとの記録があります。この米騒動で処分された8185人のうちの1割は部落民だと言われています(民衆を分断するために意図的に部落を狙い撃ちにした面もあります)。この事態を重く見た原内閣は部落対策として、1920年に初めて部落改善費5万円を計上し、融和行政をすすめました。しかし、部落民衆はこれに取り込まれることなく、1922年の全国水平社創立へと向かいました。

今年、政府は「明治以降の歩みを次世代に遺すことや、明治の精神に学び、日本の強みを再認識することは大変重要なこと」として、「明治150年」に関連した事業を企画していますが、戦争と侵略、軍国主義の負の側面も忘れてはなりません。

時代を振り返り、今を問い、考える取り組みをしていきたいと思います。

 

(4)人権まちづくりセンターのあり方をめぐる問題に「結論」を出さねばなりません。改革をして新たなスタートをする、その際、二つのセンターが同じようなあり方ではなく、それぞれのカラーを打ちだして、よりよいものにしていきたいと思います。解放会館から人権まちづくりセンターとしてやってきたいいところをきちんと受け継ぎ、その上で新しいものを加えていくべきです。部落問題の解決という目的をふまえることは言うまでもありません。

この問題をめぐる議論の過程で出てきた問題があります。一つは、部落差別の現状をどうとらえるのかということです。「部落差別に起因する課題はなくなった」といった意見もありますが、これは部落差別を部落と部落外との「格差」という尺度でとらえたもので、現在ではこの尺度は有効性を失っています。仮にそうした主張をするのであれば、その裏付けとなるデータが必要ですが、実態調査は行われていません。「仮説」の域にも及ばないものだと言わねばなりません。部落差別はどのように存在・作用しているのか、それを無化するためにはどうしたらいいのか、議論と探究を深めねばなりません。

二つ目は、「豊中と蛍池の2館も必要なのか、1館でいいのではないか?」という意見です。部落差別は差異がわからない差別ですが、人々は勝手にそのしるしをつくってきました。現在においては、「生まれた場所、住んでいる場所」がそれにあたります。それは「同和地区問い合わせ」や「戸籍等の不正入手」「土地差別調査」、「被差別部落の所在地情報の暴露」といった事件が起きていることからもわかります。部落問題を解決するために解放会館(人権まちづくりセンター)が設置されたのは、その場所が部落と見なされ、人々が特別視し、忌避・差別の対象になっているからですが、そのまなざしは今も大きくは変わっていません。だから、どちらかをなくす事情も理由もないし、なくすことによって問題が解決することもあり得ません。

このように、センターのあり方をめぐる問題は、部落問題に関わる基本的・基礎的な知識が行き渡っていないことを示していると言えます。研修や啓発、教育の革新と強化が急務です。

 

(5)協会やセンターが行っている事業や取り組みは、豊中における部落問題の解決および人権のまちづくりの不可分のものだと思いますが、そうした認識(評価)を全市的・市民的なものにしていくことが大事です。自己満足や独り善がりではなく、共感・共鳴を呼び、理解と納得を得ることが必要です。一つひとつの事業・取り組みの企画の段階から、そうしたことを念頭に置き、実施後に振り返りをし、成果と不十分点・課題を明らかにする、そうした作業を積み上げていかねばなりません。

一つのものを創り上げるためには、相応のエネルギーと持続を要しますが、消失させるには、それらを何ら必要とせず、ただただ無関心になるだけでいいのです。2002年以降の部落問題をめぐる状況はまさしくその通りになっています。人々の視野・関心から外れていっているし、昨今の調査によると若い世代で部落問題を知らない比率が飛躍的に高まっているとも言います。こうしたありようが部落問題の解決につながっているのであれば、何ら問題はありませんが、それは暴論と言えます。

こうした現実に切り込むような取り組みを創り出していかねばなりません。

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2018年2月14日 (水)

人権研修の「感想シート」から④

④「豊中の部落」についての感想も多くありました。これまではあまり触れてこなかった話ですが、具体的に部落問題を知る・理解するためには、避けて通れないのではないか。世間にはさまざまなマイナス情報もあり、それらが一人歩きをしている現実もあり、事実をきちんと知らせるべきではないか。ネットでの「暴露」という事態も踏まえれば、「触れない」で済ますのは無意味ではないのか。といったことを自問自答し、踏み切ることにしました。

 

【記載例】

・具体的に豊中の部落について例示されていたのが印象的でした。

・豊中の部落について、これほど詳しく聞いたことはなかった。

・豊中の地域に特化した部落問題を詳しく聞く機会は今まであまりなかったので知れてよかったです。

・豊中における具体的な部落の話。知識として全く持ちあわせていなかった。

・これまで、部落問題の一般的な講義が多かったように思いますが、豊中市の歴史を知ることができ、勉強になりました。

 

【コメント】

「事実」を伝えることを心がけたつもりですが、資料が乏しく、納得をいただけるレベルには達していなかったのではと思います。問題の出発点は、「なぜ、そこに部落あったのか?」ということです。自然にできたのでもなければ、誰かの一存で作られたのでもありません。その地域社会との関係・つながりの中で形成され、地域社会が成り立っていく上で不可欠の役割(仕事)を担っていたのです。だからこそ、何百年も消滅することなく、存在し続けているのだと思います。そして、長い歴史の中で培われてきた差別意識は澱のように沈殿し、ひとたび事が起こると、撹拌されて浮上してきます。日本社会の芯の部分に絡みついているのだと思います。

 

もちろん、ほとんどの人は普段は部落問題と無縁に暮らしているし、「差別はいけない・しない」との姿勢を堅持しています。しかし、問題がわが身に降りかかってくると、眠っていた差別意識がムクムクと頭をもたげ、火のついたように差別をする、といったことは稀なことではありません。そうならないためにはどうしたらいいのか?正解も決め手もないでしょう。ただ、問題をきちんと知っているかどうかは大きなポイントになるように思います。マイナスイメージや偏見に囚われていれば、人間的な対応は難しくなるでしょう。そうしたことから自由であればあるほど、問題の正体を見極めることがより可能になるはずです。そのためには、事実をきちんと知ることが不可欠になります。研修会での話はスタートです。これをどう受け止め、どう活かすのかは、みなさん方にかかっています。期待をしたいと思います。

 

【補足】

「事前アンケート」の結果については、話の中で簡単に触れましたが、基本的な事柄について「知らない」との回答が、「市民意識調査」からの設問についても、「わからない」や否定的な回答が一定数ありました。これらをどう見るかは難しいところもありますが、一つは、部落問題についての基礎的・基本的な知識が行き渡っていないことを示していること、もう一つは、いわゆる世間に流布しているマイナスイメージ(差別的な見方)に同調しているということを示していると思います。職場でグループワークなどの意見交換の材料にしていただき、深め合うような取り組みができればいいなと思います。

寺本さんが言ったように「知識は両刃の剣」ですが、公務に携わるみなさん方ですから、豊中の部落に関わる事柄を含め、きちんと理解していただけるはずとの思いで話をさせていただきました。わからないことやあやふやなこともまだあり、今後も調査研究を進め、部落差別の根っこに迫っていきたいと思います。ある意味、部落問題は“謎解き”にも似た楽しみがあります。今回の研修が、それぞれの部落問題観を振り返る小さなきっかけになり、関心や興味が湧き、好奇心が触発されたのであれば幸甚です。

改めてお礼を申し上げます。

(おわり)

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2018年2月13日 (火)

人権研修の「感想シート」から③

③同和教育不要論についても感想をいただきました。

 

 

 

【記載例】

 

・これまで、部落差別を教育するから、差別がおこると思ってたけど、他の差別も勉強し て差別意識を変えていったり、認めたりするということを聞いて納得した。

 

・同和教育はしない方が良いと言われているが、障害者差別や性差別などいろいろな問題があるなか、しない方が良いと言われるのは同和問題のみ。

 

 

【コメント】

 

「寝た子を起こすな」とも連動するものですが、他の人権問題とは違って、部落問題についてはこの意見が根強くあります。その理由は二つあると思います。一つは、部落差別の現実(実態)の軽視・無視ということがあると思います。いわゆる「同和教育」の歴史はそう古くはありません(ちなみに、豊中市が「同和教育基本方針」を策定したのは1971年です)が、その当時は、そういった意見はなかったと思います。そうした意見が聞かれるようになったのは、同和対策事業や同和教育の取り組みが急ピッチで進められ、部落差別の実態が大きく変わっていったことを背景にしていたと思います。その結果、あからさまな実態がなくなり、問題が解決したかのような受け止めがなされ、事業や教育をしなくても部落問題は解決する、取り上げることで逆に差別が広まるという見方が出て来たのだと思います。

 

 

 

もう一つは、部落差別の特性が関わっていると思います。差別は何らかの差異に基づくものということが出来ますが、もちろん、差異はあってあたりまえで、それを差別の理由にしてはなりません(この点、きちんと言わなかったとのご指摘をいただきました)。部落差別の特性の一つは、差別につながる差異がわからないことにあります。同和教育不要論者は、差別につながる差異がわからないのに取り上げると、それが一人歩きをし、逆に差別を広める結果になると言います。例えば、子どもたちが「士農工商」や「えた・ひにん」という言葉を知って、それを悪ふざけや遊びの中で使うといったことがありました。教えなければ、こうしたことは起こらないでしょう。しかし、問題は「知らない」ままで終わるのか?いつか・どこかで、部落問題と出会わないのか?部落差別と無縁にくらせるのか?ということです。

 

 

 

子ども達に教えることは間違いではありません。問題はそこにあるのではなく、それを教えるまでとその後の取り組みのありようにあります。問題が起きたらかなわんから、部落問題は取り上げないというのが、教育のあり方としてどうなのかを問わねばなりません。

 

 

 

それもこれも、部落差別が見えない・わからない問題であることから発していると思います。他の問題のように明解に説明ができるのであれば、不要論は起こらないはずです。この「見えない・わからない」には、当事者が立ち現われないことも大きく関係しています。部落出身者が名乗らない、登場しない、当事者不在の問題であることが、不要論を成り立たせていると思います。もちろん、これは差別の現実があるからということは言うまでもありません。

 

 

 

大事なことは、部落問題に触れない、取り上げないことで、問題が解決するのかということです。その道筋が示されるのであれば、それに越したことはありません。いかがでしょうか?

 

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2018年2月 8日 (木)

人権研修の「感想シート」から②

②「寝た子を起こすな」について、いろんな感想をいただきました。

【記載例】

・“寝た子を起こすな”について考えさせられました。

・同和問題だけが他の人権問題と違って寝た子を起こすなという意見があるということが一番印象に残りました。

・“寝た子を起こすな”では差別はなくならないことを感じた。

 

【コメント】

藤村の「破戒」にあるように、部落であることを「隠す」のか「名乗る(明らかにする)」のかは、部落問題につきまとう永遠の課題と言ってもいいと思います。部落差別撤廃(部落解放)の取り組みは、「寝た子を起こすな」との格闘でもあります。そして、これは藤村の時代だけでなく、現在も続いていることでもあるということです。水平社は「穢多であることを誇れ!」と自ら宣言し、「隠す」ことから決別しました。部落解放運動はその精神を引き継ぎ、現在に至っています。

33年間続いた同和対策事業の時代もそうでした。事業対象者になるためには、部落出身者であることを自ら申し出ることが必須条件だったからです。それまではじっと耐えて、沈黙してきた人たちが、その狭間で揺れながら、新しい一歩を踏み出したのです。同和対策事業は物質的な側面だけではなく、部落問題とどう向き合うのかという、大事な問題を人々に突き付けたことを見ておく必要があると思います。

時代は移り、ネットに部落の所在地情報が暴露されるという予期しない事態になりました。これは「隠す」ことを無意味にし、一方的に「暴露」するもので、その犯罪性は明らかです。「隠す」のか「名乗る」のか、その間には無限の選択肢があります。そして、それは各人が選び取るもので、他者が介入すべきものではないはずです。

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同対審答申パネル、再び!

2015年に事務局が(必死のパッチで)作成した同対審答申パネルを
まちづくりセンター大集会室に展示しています。



第1章から第4章までで、各10枚、トータル40枚のパネルですが、
スペースが限られているので、各章を一ヶ月ずつ展示します。


協会HPからもPDFでご覧いただけます。


パネルリーフレットを1部100円で販売中です。

興味ある方がぜひどうぞ。

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2018年2月 7日 (水)

FBとの連動

何とか、ブログをFBに反映させましたが・・・。

人権研修の「感想シート」から①

市のある部の職場研修で行った人権研修の「感想シート」に記載された感想に対するコメントです。

①部落差別の起こりが、徳川幕府によって政治的に作られたことにあるのではないということに驚いた、という感想が多くありました。

【記載例】

かつて教科書で習ったことが現在ではまちがいになっていること。

・江戸時代の身分制が自分が習ったものと変わっていた。

・「士農工商えたひにん」の身分制度は幕府によってつくられたと習ってきたので勉強になった。

・網野善彦氏の賤民研究について知らなかったので衝撃を受けました。

・部落差別は江戸時代に始まったという「近世政治起源説」を習い、その知識のまま今日まで部落問題を捉えてきました。実際には違うと知って驚きました。

・新事実に驚いた。学校教育自体が問題だったとは・・・。

 

【コメント】

長い間」「近世政治起源説」が正解とされ、教育や啓発の場で刷り込まれてきました。その影響(効果)は絶大であったことは、「部落はいつごろできたか?」という事前アンケートで130人のうち76人(58.4%)が江戸時代と答えていることからもわかります。

しかし、その後の部落史研究の進展の中で、そうではないことが明らかにされましたが、新しい知見は浸透していないのが実情です。「近世政治起源説」は単純でわかりやすいのに比べて、新しい説はそうではなく、明瞭さを欠いているところがあるという事情も作用しているように思います。ただ、これによって、「悲惨・貧困史観」を含めて、これまでの「部落問題観」は大きく変わったことは間違いありません。ワクワク・ドキドキするような部落問題の新しい世界が広がったと言えると思います。ぜひ、覗いてほしいと思います。

(ささき)

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2018年2月 6日 (火)

2018年度に向けて

やっと、来年度の事業計画(案)ができました。13日の理事会で審議となります。毎年のことですが、あれやこれやと想いをめぐらし、材料をチェックし・・・と頭の痛くなる時間を過ごしました。

大きなところで言えば、2018年は「米騒動から100年」で、これをテーマにするとともに、併せて「明治150年」ということも視野にいれ、講座を企画したいと思います。

世界人権宣言70周年でもあり、この間の取り組みを総括し、深化(進化)したものを打ち出せるように準備を進めたいと思います。

「部落差別解消法」ができましたが、国も自治体も動きは鈍いままです。教育や啓発、そして、インターネットでの情報発信に力点を置いた取り組みを強化していきたいと思います。

人権まちづくりセンターのあり方をめぐる問題にも見通しをつけねばなりません。間違いのない判断をしたいと思います。

引き続き、豊中らしい取り組みを発信していきます。

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2018年1月30日 (火)

市の人権研修から

豊中市では年3回、各職場で人権研修を行うことになっていて、「協会」にも講師依頼が数件ある。私もいくつかの職場で部落問題をテーマに話をしたが、その際に、簡単な「事前アンケート」とってもらうことにしている。部落問題についての理解・認識について、あらかじめ知っておき、それを踏まえて準備するほうが、お互いにとっていいと思うからだ。

で、ある部の一部を紹介する。1_22_2
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さて、これをどう見るか?いずれも、部落問題に関わる基本的な事柄だと思うが、「解放令」と「水平社」は1割前後が「知らない」、「答申」「特別措置法」は2~4割が「知らない」となっている。

この結果を見て話の内容を変えたことは言うまでもない。部落問題の歴史とそれにまつわる一つひとつの語句についての簡単な説明をする必要があると思ったからだ。それをすっとばしてしまうと、チンプンカンプンになってしまう恐れがある。

おそらく、若い世代の人たちが「知らない」と答えているのだろうと思う。今後、こうした傾向はますます強まるだろう。だから、傍観せずに、きちっとした手立てが必要だと痛感する。

3500人余りの市職員が部落問題について、必要最小限の知識を身に付け、基本的な理解・認識を共有することなくして、豊中における部落問題の解決はあり得ないだろう。重たい課題が浮かび上がってきたと言える。(ささき)








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