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2017年5月

2017年5月23日 (火)

豊中発「部落問題解決のために」(2017)

これは、先日(510日)の市の人権研修で話した際の「まとめ」の部分です。部落問題とは何か、部落差別とは何か、解決するためにどうすべきかといった基本的な問題についての私なりの答えです。簡潔に示すことは難しいですが、考える糸口くらいにはなるかなと思います。これを元にグレードアップしていければと考えています。

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(1)部落差別とは何か?

部落差別からの解放を求める運動は、1922年の全国水平社創立を大きな起点として始まり、戦中・戦後を経て、今日に至り、1世紀になろうとして

そこにおいて問われた核心的なテーマは、「部落差別とは何か?」ということであり、それは時代と共に、運動と理論の進化と共に変わってきた。

 

(2)差別のとらえ方

大まかに言えば

封建的観念だとして、これを徹底的糾弾した時期

貧乏も差別だとして、生活擁護闘争を繰り広げた時期市民的権利の侵害だとして、行政闘争を展開した時期、に分けることができる。

そしてこれらの時期に相応した組織論と運動論があった 

 

(3)部落差別の特性

部落差別は、生まれた場所・住んでいる場所がそのしるしにされる

だから、部落がどこなのか、それを知ることは一部の人にとっては、とても大事なことになり、あの手この手を使って、その情報を入手するということになり、市役所などへの「問い合わせ」もその有力な方法の一つになる

 

(4)部落は差別されるためにあったのではない

歴史を振り返れば、部落は地域社会とつながり、人々のくらしが成り立っていく上で不可欠な役割(仕事)を担ってきたことがわかる

その意味では、なくてはならない存在だったが、その一方で、ケガレもの、こわいものとして忌避され、差別されてきた

もちろん、どこに部落があるのか、それは地域社会の多くの人が知っていたし、それを差別することが当たり前でもあった。

 

(5)「解放」への営み

そうしたありように異議申し立てをしのが「水平社」で、差別は許さない、糾弾すると宣言し、「穢多であることを誇れ!」と言った

1976年、蛍池解放会館の「名称問題」で、「解放」という二文字にその願いをこめたことともつながる

以来、部落差別の不当性を訴えることによって、人々との共感・連帯の輪を広げ、「解放」をかちとることをめざしてきた。

 

(6)何が変わり、何が変わらないままなのか?

かつてのように部落差別が刃となって突き刺さるような状況は薄れ、日々のくらしのなかで部落差別を意識することも少なくなってきている

差別はいけない人権意識も高まり、あからさまに部落を指さして差別することもなくなってきている

それとわかるような部落の実態も改善され、部落が見えなくなっている

これらは、良くも悪くも部落問題(差別)のありようが変わってきた結果だが、大事なことは、部落問題がそのままで解決に至るのかということにある

しかし、いつの時代も、寝た子は起こされ、事件や悲劇がおきてきたことを見ておかねばならない。

 

(7)さて、どうするか?

情報化時代と言われる今日、部落問題についてもネットには膨大な情報があるが、それらの多くはマイナス・イメージや偏見に満ちたものが多い

大切なことは私たちの側からの情報発信を丁寧にし、現実をきちんと知らせること。

また、フィールドワークなどの取り組みを通して、部落問題との出会いや出会い直しの場をつくることも大事。

もちろん、教育・啓発・交流・まちづくりもすすめる必要がある。

 

2017年5月18日 (木)

市の人権研修で「豊中の部落問題」を話す

5月10日、市の人権研修主任推進員&推進員合同研修会で話をしました。1年おきで、今回が3回目で、「豊中で、豊中の部落問題を考える」をテーマにしました。これまでも、地元(豊中)のことについても触れてはきましたが、詳しい話はしてきませんでした。それは生々しいし、微妙な問題もあるからです。

しかし、いつまでも「靴の上から足を掻く」状況というのもどうかということもあり、明らかになっている事実に基づき、足元から部落問題を考えようということにしました。

そして、認識状況を把握するために、以下のチェックシートを配布し、記入していただきました。

 

「チェックシート」の集計結果(146人分) 

 

知ってる?知らない? 

 

(1)豊中に被差別部落はあるの?

□ある:115  □ない:7  □わからない:24

 

(2)いつごろできた?

 □江戸になってから:66  □安土桃山::24  □室町時代:31

 

(3)豊中に屠場があった?

□知っていた:81 □知らなかった:63

 

(4)水平社はあったのか?

□あった:42 □なかった:3 □わからない:100

 

(5)「千里川の水あらそい」って?

□知っている:5 □聞いたことはある:15 □知らない:126

 

(6)「解放会館名称問題」って?

□知っている:12 □聞いたことはある:48 □知らない:86

 

 

ウソ?ホント? 

 

①同和地区の教育をやめるほうが良いのでは?教育すると知ってしまうので知らないままの方がいい気がします。

□そう思う:18 □そうは思わない:94 □わからない:29

 

②同和地区の人が税の優遇措置を受けているということを聞いたことがある。もしそれが本当であれば一般の人は逆差別を受けていることになるので、問題である。

  □そう思う:38 □そうは思わない:53 □わからない:51

 

③人権まちづくりセンターがあると全く知らない人でも同和地区だと解る。なぜ必要なのか理解できない。

□そう思う:18 □そうは思わない:88 □わからない:35

 

 

予想どおりというか、それを越えてというか、職員の認識と理解状況の一端を知ることができました。

 

 

2017年5月17日 (水)

定時評議員会を終える

昨夜、定時評議員会を開催し、2016年度の事業報告、会計決算報告、監査報告を承認していただきました。また、理事の改選とともに、監事の退任・新任、評議員の新任の役員改選も行いました。これで一区切りがつき、いよいよ2017年度の事業に本腰を入れていきたいと思います。

●役員体制

●2016年度事業報告

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2017年5月16日 (火)

スターペアレンティング講座

宝塚の女性センターで始まったスターペアレンティング講座に参加してきました。
 
去年は妊娠していたし、日程が合わず参加できなかったので
2年ぶりの参加でした。
1回目の今日は、女性と子どものエンパワメント関西の理事長田上時子さんから
スターペアレンティングの概論をお話いただきました。
 
具体的な内容は次回からワークショップでスタッフさんたちが実践してくれます。
女性と子どものエンパワメント関西が女性センター・エルの指定管理を受けて
今年で11年目を迎えたそうです。
 
今年の参加者はほぼ全員が子どもをもつ親でした。
前回は、おばあちゃんや、子どもに関わる仕事をしている人も参加していました。
子どもと自分(親)に問題がある。
その問題を解決したいと思う人はたくさんいると思います。
 
スターペアレンティングは、叩かず甘やかさず子育てを楽しむ がモットーになっています。
 
まずは何が問題なのかを考えること。
 
その問題は誰にとっての問題なのか。
 
子どもに問題があると考える親が多いけれども、
実は親にとっての問題だということがほとんどだという。
 
どういう子どもに育ってほしいのか。
 
それは自分自身がどうあるべきかを問われているということ。
イライラして子どもを怒るけども、結局は子どもの問題ではなく
私自身の問題なのだ。
 
子どもの気質を知ることで、問題と思えることを避けられたり、
感情を認めてあげることで、子どもは落ち着く。
 
久しぶりに田上さんのお話を聞いて、たくさん元気をもらえたし
モヤモヤ、イライラしてた心が軽くなりました。
 
頑張ってる自分自身にセルフケアが必要なことも痛感した。
 
体調が思わしくなかった娘二人が保育園に行ってくれたおかげで受講できました。
ありがとう、子どもたち。
 
残り4回もしっかり学べますように。
 
帰りは豊中で降りないとダメやのに
ぼーっとしてて降りそびれて、
乗った電車が急行だったんで、十三まで行ってしまいました。

2017年5月11日 (木)

まちづくり講座「知っていますか部落差別解消法の施行」報告

5月10日(水)に豊中人権まちづくりセンターでおこなわれた人権文化のまちづくり講座では、昨年12月に制定・施行された「部落差別解消法」をテーマに、山口県人権啓発センター事務局長の川口泰司さんからお話を聞くことができた。

 

この法律ができた背景の一つにあるインターネット上での差別状況については、既に「一部の差別者がネットで騒いでいるだけだから無視していれば良い」と言えるような状況ではなくなっているほど深刻であり、ネットを通じて拡散された部落に対する差別情報はいつまでも生き続け、新たな差別意識・差別者を生み出しているといった状況にある。部落問題については昔から「そっとしておけば、いずれ差別はなくなる」「寝た子を起こすな」などとも言われてきたが、今、インターネットを通じて、「寝た子」が起こされているわけだ。

自分が把握していた以上に深刻な状況であり、話を聞きながら思わず動揺してしまうほど絶望的な気持ちになってしまったが、その一方で、この法律を活かした差別やヘイト行為含めた部落差別の現状への対策。対抗方法について知ることもできた。

 

もちろん「法律ができた」だけでは何も変わらない。今後は、法律のことを社会に広く周知していくとともに、行政・教職員、市民レベルで実行できることなど、それぞれでできる差別との闘いについて考えていければと思う。

2017年5月 8日 (月)

浪江町と富岡町を歩いて・・・

●「読売新聞」3月31日(朝刊)170331623


浪江町(
331日)と富岡町(4月1日)の帰還困難区域以外の避難指示が解除された。対象は25千人というが、放射線への不安はそう簡単には消えないだろうし、6年間ものブランクを埋め戻すことも難しい。そんなニュースを聞きながら、一度現地を見てみたいとの思いに駆られ、41516日に両町を歩いた。「百聞は一見に如かず」との言葉が身に染みた時間だった。

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JR富岡駅近くの高台から臨むと、整備された道路と当時のままに被災した建物、その傍らで進む復興工事のコントラストが見て取れた。中心街とおぼしき場所にはショッピングモールがオープンしていて、買物客の姿もあり、ほっとさせられた。

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駅舎も新しくなったJR浪江駅は明るい雰囲気だったが、一歩町中に入ると雰囲気は一変した。かつては駅前通りの商店街として賑わっていたと思われるが、人の姿も生活音もなく、聞こえるのは時折行きかう車と工事の音、風に煽られて建物が軋む音だけだった。町役場隣の「まるしぇ」(仮設商店街)には人々が談笑する声もあって、異空間となっていた。P4158227_2P4158278_2

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町を離れて郊外に行くと、除染で出た廃棄物(フレコンバッグ)が山積みにされたり、仮置き場らしいものもあり、また6号線を南下すると、「高線量」「帰還困難区域」の看板があり、ドキッとさせられた。Photo_6

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晴れ渡った青空には満開の桜が映え、絶好の花見日和だったが、ほとんど人の姿はなかった。アダ花というよりは、意地でも咲いてやるとの桜の気概を感じた。P4158350_2


 

石巻や塩釜、陸前高田、気仙沼、釜石など、これまでに見た被災地とは全く違った様相・風景を目にし、原発事故というものがどういうものであるのか、不条理さがよくわかった。現地に来て五官で感じることに勝るものはない。Photo_8


2017年5月 2日 (火)

連休の狭間

●「請戸川リバーライン」の桜並木

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昨日、今日と「連休の狭間」で、春らしい陽射しがまぶしい豊中です。

今日は産休・育休明けのMも復帰し、久しぶりに5人そろっての事務局会議をしました。5月16日の定時評議員会に向けた準備、当面の事業予定等について確認しました。

また、年度の初めということで、新任教職員研修、市人権推進員研修、新任指導主事研修、人権部局新転任者研修などが予定され、事務局職員も講師を務めます。貴重な時間を割いて行われる学びが、少しでも稔りのあるものになるよう、しっかり取り組みたいと思います。

今年度の事業プランもまだまだ練り込まなければなりません。春~夏にしっかり仕込んで、秋には新たなものを提示できるようにと思っています。思いつきが構想になり、イメージがふくらみ、プランとなるよう心したいものです。

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2017年5月 1日 (月)

復帰しました

長いようであっという間だった産休、育休から仕事復帰しました。


保育園の入園が難しいと言われていたので、数ヶ月の待機を覚悟していましたが、
希望通りに4月から入園することができました。


予定より一か月早い復帰で、まだまだ頭と体がついていきそうにありません。

なるべく頑張らないことを頑張ります。


当分はならし保育ならぬならし就労です。

どうぞよろしくお願いします。

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