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2017年8月

2017年8月31日 (木)

怖い絵展

最後の最後の夏休みは兵庫県立美術館の「怖い絵展」を観に行ってきました。


兵庫県立美術館は、阪急電車からだと王子公園から20分も歩くというので、
一旦、三宮まで出て、阪神バスに乗って行くことにした。


が、バスもまた1時間に1本しかない。


行きは運よく15分ほどでバスが来たので助かった。

怖い絵展は、作家でドイツ文学者の中野京子さん出版なさった「怖い絵」という本をテーマに
さまざまな絵画が展示されていた。


恐怖によって想像はうまれ、恐怖によって想像は羽ばたく(中野京子「怖い絵」より)

これまで絵画というものは、「感じるままに、感性のままに」と言われていたが、
どんな絵を描き、どの色を使い、どんなタッチで描き進めるのかも
書き手がどういう風に書くのかを考えてから書いている。

中野さんはそのなかの「恐怖」に焦点を当てて、作品を具体的に知ることによって、
さらに恐怖への想像力がかきたてられるという。

怖い絵展は、神話や悪魔、死の世界、歴史など、展示は6章で成り立っていた。

せっかくなので音声ガイドを550円で借りることにした。


ナレーションを女優の吉田羊が担当していて、聞き心地の良い声ではあったが、
そんな有名どころを使わずにその道のプロに依頼したほうが、もう少し安くあがったんじゃないの?と思った。
観覧者が多かったのもあるが、音声ガイドにあわせて、みなさんかなりゆったりめに歩くので
なかなか前に進まず、思ったより時間がかかった。
約80点の作品はかなりボリューミーだった。


立ちっぱなしでいい加減、腰が悲鳴をあげていたので、
最後のほうは少し飛ばし気味に見ていった。

グロテスクに感じる作品はほとんどなかったが、
やはり当時の歴史や時代背景を知ることで、よりリアルに感じられて、
作品への恐怖は増した。

9月18日までの開催なので、興味ある方は是非どうぞ。
帰りのバスもやっぱり一時間に1本。


待つより歩こうと思い、山手に向かって歩いていくと
阪神岩屋駅があったので、そこから電車に乗ってまた三宮に出た。


お昼ごはんはカレーそばが有名な長野屋。


私の学生時代からのお店だし、還暦ちかい叔母が学生の頃にもあったというから
かれこれ半世紀は営業しているかもしれない。

6年ぶりぐらいに訪れた。
やっぱり安定した美味しさだった。


県立美術館の写真が一枚もなくてごめんなさい。


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2017年8月29日 (火)

泊・横浜事件と「共謀罪」について

26日の土曜日は、9条連近畿主催の学習会に参加しました。

天満のPLP会館がまったくわからなくて、ものすごく迷いました。

天神橋筋商店街から脇にそれて、最初の角を曲がれば着いたものの
まっすぐ歩きすぎてしまい、自転車に乗っていたおっちゃんが丁寧に教えてくれて
なんとかたどり着くことができました。

会場は満員で80人近い参加者で埋め尽くされており、資料も足りなかったそうです。

泊・横浜事件と「共謀罪」についてをテーマに、細川嘉六ふるさと研究会代表の金澤敏子さんのお話を伺いました。

元アナウンサーということもあり、とてもいい声でした。

ニュースを読むだけでは面白くないと思い、のちにプロデューサーとなり
退職するまでに、50本近いドキュメンタリー番組を制作されたそうです。

富山県出身の金沢さん。

米騒動の発祥となった富山の米騒動について、
6000の新聞記事を集めて研究、分析されました。

1918年に起きた米騒動。

青森、秋田、沖縄以外の全都道府県で米騒動は起きました。
この年は高校野球も中止になったそうです。

全国では暴動となった米騒動も、富山においては、一切暴力行為は行われなかったという。

母親たちは「お米を売ってください」と嘆願を続けた。

富山の米騒動は、市民運動の原点ともいわれ、
その後の治安維持法が成立するきっかけにもなった。


治安維持法によって、細川嘉六が逮捕されることになった泊・横浜事件が起きた。

治安維持法は敗戦後に廃止されたが、富山の米騒動を機に様々な出来事が動くこととなった。

そして今また共謀罪という名の治安維持法に近いような法律が施行されてしまった。

この日は共謀罪についてのお話までは聞けなかったが
米騒動が与えた影響、米騒動と細川嘉六とのつながりなど、知らなかったお話をたくさん聞くことができた。

来年2018年は富山の米騒動から100年。

豊中では、100年前に起きた事件から今の時代を読み解いていく企画を模索中です。

2017年8月23日 (水)

障害があっても排除されない社会づくり

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人権文化のまちづくり講座

障害があっても排除されない社会づくり


9月21日(木)午後18時30分~20時30分

会場:豊中人権まちづくりセンター

お話:倉本智明さん(関西大学非常勤講師)
入場無料、申し込み不要です。


お気軽にお越しください。

2017年8月17日 (木)

部落問題認識を考える

人権まちづくりセンターこども園人権研修「チェックシート」集計結果を考える

 201775日実施)

知ってる?知らない?

 

(1)豊中に被差別部落はあるの?

□ある=20 □ない=1 □わからない=2

 

正答率:86.9%で、ほぼ知っている。

 

(2)いつごろできた?

□江戸になってから=12 □安土桃山=8 □室町時代=3

正解は安土桃山(正答率34.7%)ですが、「江戸」が52.1%で、徳川幕府が身分制度を作ったのが部落の始まりと思っている人が半数を超えています。「士農工商穢多非人」と教え込まれた知識が生きているのでしょう。しかし、現在ではそれは間違いであることが確認されています。最新の知見に基づく理解が必要です。

 

(3)豊中に屠場があった?

□知っていた=18 □知らなかった=5 

ほぼ知っているということですが、ここで考えるべきことは、なぜ部落がそこにあるのか?ということです。社会的必要性があって、そこに存在した歴史があるわけで、屠場はその答えの一つを示しています。「畜魂碑」を見て、イメージしてみてください。

 

(4)水平社はあったのか?

□あった=14 □なかった □わからない=9 正答率60.8%

案外、知られていないなあと思います。豊中の解放運動はここから始まったわけですが、その苦闘は想像を絶するものがあったと思います。「歴史と伝統」と一口に言いますが、よくぞかの時代から今日まで続いてきたものだと思います。しっかり引き継ぎ、新しいページを拓きたいものです。

 

(5)「千里川の水あらそい」って?

□知っている=2 □聞いたことはある=4 □知らない=17

知らないが73.9%で、ちょっと専門的?かもしれないですが、「解放令」後に起きた事件であり、当時の部落が置かれた状況(新免村と南の庄)がよくわかります。また、「狭山事件」と関連付けて考えればより理解が深まると思います。

 

(6)「解放会館名称問題」って?

□知っている=5 □聞いたことはある=6 □知らない=12 

「知らない」が52.19%ですが、40年以上前の出来事で、話題になることもないのでしょう。しかし、部落を隠すのか・明らかにするのかという部落問題の永遠のテーマといっていいと思いますが、これが問われた事件です。俗にいう「寝た子を起こすな」という意識・考え方は、様々な場面で浮上してきますが、この事件もその端的な事例と言えます。「名称問題」は「落着」しましたが、問われた問題は現在も部落内外を問わず、多くの人をとらえていることは承知の通りです。21世紀の今もこれとの格闘が続いています。

 

 

ウソ?ホント?

 

①同和地区の教育をやめるほうが良いのでは?教育すると知ってしまうので知らないままの方がいい気がします。

□そう思う=2 □そうは思わない=17 □わからない=4

 「そうは思わない」が73.9%ですが、「わからない」を含めて26%4人に1人)が違う答えをしており、「寝た子を起こすな」が根強いことが見て取れます。部落問題をはじめとする人権問題ではきちんとした教育を通じて、その問題の存在と現実を知る事がスタートとなるべきです。何もしないで解決することはあり得ないことは論を待ちません。

 

②同和地区の人が税の優遇措置を受けているということを聞いたことがある。もしそれが本当であれば一般の人は逆差別を受けていることになるので、問題である。

  □そう思う=1 □そうは思わない=9 □わからない=13

「そうは思わない」が39.1%で、他が60.8%(「わからない」が56.5%)。2017

現在の話としてということを考えると、特別対策がなくなって15年経過して

いるにもかかわらず、この数字ということの意味は深刻だと思います。

噂話を聞き、それを事実として受け止めてしまうのは、「同和行政」に対する

無理解がありますが、その無理解を正すのではなく、逆差別だと煽る人たち

がいることも大きいと思います。

行政の施策はいずれもある意味で具体的な対象者への「特別対策」だと言

えます。ところが、同和対策になると、こうした観点が吹っ飛び、「優遇だ、逆

差別だ」となります。

50年前、部落が劣悪で悲惨な状況にあったときは、誰も振り向きもしなかっ

たことを想起すれば、いかにいびつかがわかるはずです。

 

③人権まちづくりセンターがあると全く知らない人でも同和地区だと解る。なぜ必要なのか理解できない。

□そう思う □そうは思わない=17 □わからない=6

「わからないが」26.0%ですが、みなさん「センターこども園」に勤務していることを思うと、ちょっと複雑な気持ちになります。部落差別ははっきりした「しるし」のない差別ですが、その時代時代にあって、差別する人は勝手に「しるし」をつくってきました。曰く「人種がちがう、職業がちがう、宗教がちがゔ・・・」と。そして、一つ消せばまた新しい「しるし」をつくってきたのです。

しかし、「ちがい」は差別を正当化することはできません。「ちがい」はあって当たり前ですが、部落と非部落との間に絶対的な線引きをし、交わることを拒絶し、忌避するために、「ちがい」を持ち出し、それが部落特有のものであるとの決めつけをし、自らを「安全圏」に置くのです。

「解放会館」が「人権まちづくりセンター」に変わっても、差別の「しるし」はなくならないし、たとえ「人権まちづくりセンター」が「○○センター」に変わったとしても、事態は変わらないでしょう。なぜなら、部落差別が生きているからです。

問題は「名称」にあるのではなく、差別をする・せざるを得ない社会のありようにあるからです。部落であることがわかっても忌避・排除されない社会にならない限り、ゲームはエンドレスなのです。

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2017年8月15日 (火)

まちづくり講座が終了しました。

89日に「まちづくり講座」を開催しました。

講師として来ていただいた「志葉玲さん」は、14年まえから、戦争取材をして来られ、ご自身が、住民や兵士へ直接聞き取りされたことや実体験をされたことを元にお話ししていただきました。

 

講座開催日は、89日で「長崎へ原爆が投下されて72年目の日」でした。

志葉さんは中東で取材をする中で、住民の方に「私は日本人だ」といえば、「広島・長崎」と言われたそうです。初めの頃は「おー、広島・長崎、あれは本当に大変だったね、ひどいことをアメリカはするものだ。それでも日本は経済復興して立派な国だね」といわれていたそうです。しかし、イラク戦争が深刻化する中で言われるようになったのは「日本人は、広島・長崎を忘れたのか?」と言われるようになったそうです。なぜ、そう言われるようになったのか?について、志葉さんご本人が体験されたお話の中にありました。

 

お話の中には、私たちが普段ニュースや新聞などでは知ることができない、アメリカはこんなことをしているんだとか、日本の自衛隊の海外での現状について、詳しくお話ししていただきました。

 

お話を聞いて、本当に驚く内容ばかりでした。

現在、日本の政治は憲法改正を進めようとしている状況がありますが、何をどのように変えようとしているのかをしっかり理解し、変えてはいけないことについては、反対を訴えていかないといけないと実感しました。

 

詳しい内容については、9月号センター情報紙にて掲載予定です。

2017年8月10日 (木)

笑う101歳×2

久しぶりにシアターセブンに行ってきました。

友人の弟主演の「蜃気楼の舟」以来のシアターセブンだった気がします。

先週行く予定だった笹本恒子、むのたけじ出演の「笑う101歳×2」ですが、

娘の予期せぬ発熱で急遽予定が変更となり、
まちづくり講座を無事に終えたので、今日、ぎりぎり観ることができました。

監督は、昨年の世界人権宣言68周年記念豊中集会で上映とご講演をしていただいた
「大津波 未来への記憶」の河邑厚徳さん。

産休・育休中で、「大津波」を見ることはできなかったので、
笑う101歳は見たいな~とぼんやり思っていたのが、

ナレーターが谷原章介ということを知り、意識が「これは絶対見なあかんな」に変わりました。


お二人はとても元気でチャーミングでした。

100歳を迎えた記念にお二人の対談が催され、
常本さんがむのさんの胸元に赤いバラをさす。

なんともおしゃれな方だ。
ただただ長生きをしているのではなく、やはり、とても賢明な方なんだなと感じました。

笹本さんの物の見方というものが、ファインダーを通して写真に現れる。

被写体となる女性たちが背負ってきた歴史や生き方が映し出される。


撮る方も撮られる方も凛々しい。


大腿骨を骨折して、発見されるまでに丸一日かかったという。

むのさんは少し耳が聞こえにくくなってらっしゃるが、やはり元気だ。

大学生とのディスカッションでも、学生からの質問にもきちんと答える。
もしかしたら大学生にあの答え方は難しく感じたかもしれないが

難しく感じた部分をしっかりと自分の頭で考えてほしいと思った。
急性肺炎を患い、75日間の入院。

入院後のむのさんの老衰は激しかった。

退院後、37日で逝去。


戦前、戦中、戦後を生きる人からのメッセージ。

自分自身がどう生きるのかを改めて考えさせられた映画だった。
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2017年8月 8日 (火)

大阪府基本交渉で思ったこと

82日、天満橋の「エル・おおさか」で行われた大阪府との基本交渉に参加しました。昨年12月に施行された「部落差別の解消の推進に関する法律」をうけて、具体的なとりくみをどうしていくかということを中心に2時間やりとりがされました。

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 冒頭、府連の赤井委員長から次の4点の問題提起がありました。

①部落差別や部落出身者の定義について、府が先進的役割を果たすべき。

②政府は「実態調査」についてネット上の問題を中心に考えているようだが、生活や差別意識・事件を入れるべきで、府として強い意思で国へ申し入れてほしい。

③府の同和問題解決推進審議会への諮問のテーマについては、部落問題解決に向けた21世紀の負の使命は何かという観点を踏まえるべき。

④知事は「実態的根拠があれば検討すべき」と言っていたが、実態はあるので「ヘイトスピーチ条例」を検討してほしい。

 

ついで、府側から新井副知事を先頭に要求項目に対する回答があり、それをうけてやりとりがありました。要求項目は、「部落差別解消推進法」「人権・文化」「まちづくり」「生活福祉」「教育・青少年」「保育」「就労支援・労働対策」「行政の福祉化」の8項目ありましたが、「部落差別解消推進法」をめぐる問題に終始しました。

 

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法律が施行されて8カ月近くになりますが、大阪府は国から自治体に対して説明や指示等は一切なく、府としても困っている。府としての見解や対応を求められても、法律の主体は国なので、この段階で踏み込んだことは言えない、といった国待ちの消極的な回答を繰り返しました。

 

新しい法律の施行をふまえた府の対応を求めるというのはスジ論で、それはそれで大事なことですが、それだけでいいのかということもあります。私の問題意識で言えば、今日の部落差別をどうとらえるのか、解決にむけてどんな取り組みが必要か、といったことについて共通認識・理解をすることが大事だということになります。

 

また、法律があろうがなかろうが、部落差別が存在する限り、その解決のための責任は行政にもあります。法律はその責任を果たさせるための手っ取り早い手段ではありますが、手段に過ぎません。大切なことは、部落差別が存在すること、それは他人事ではなく一人ひとりの問題だという認識・理解を多くの人たちと共有することだと思います。そして、部落差別という社会悪・不正義を告発する私たち(解放同盟)の取り組みについての共感を勝ち取っていくことです。

 

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 「ヘイトスピーチ規制法」も十分な法律とは言えませんが、それが一定の抑止力となっているのは、当事者とヘイトスピーチを許さない「カウンター」と言われる人たちとが、身体をはって行動している現実が共感の世論を興しているからだと思います。

 

具体的な差別の現実に向き合い、これを糺す取り組みがあってこそ法律は生きたものになり、現実を変える力になるのだと思います。「部落差別は許さない!」というメッセージを発すること、当たり前のことですが、これが問われているんだと改めて思いました。

【報告:佐佐木寛治】

2017年8月 6日 (日)

平和映画会が終了しました。

8月4日に「平和映画会」を開催しました。
当日は、たくさんの子どもたちや保護者やおとなの方も、一緒に参加していただきました。
思っていた以上にたくさんの子どもたちが集まってくれて、真剣に見てくれました。
約40分間強と、子どもたちにとっては少し長い時間だったので、ウロウロすると思っていましたが、最後まで見てくれました。
内容的に、子どもたちには少し難しい言葉も出てきましたが、特に子どもどうしでケンカして仲直りする場面や親子の関係の場面、それと戦争の場面は、グッと真剣に見てくれました。
戦争の場面は、全体に比べて短い時間でしたが、それでも「こわかった」という印象が強かったようでした。
今回の映画を見ることで、戦争の事もですが、日ごろの友達関係や親子の関係など、自分の事と重ねてみてくれていたように思います。
 
子ども向けの映画ということで、随分悩んで選びました。
今の子どもたちに見やすく、平和について考えられる映画会として、是非来年も開催したいと思います。
最後に、8月9日は「人権文化のまちづくり講座」を実施します。
テーマは「戦争取材から語る日本国憲法」で、講師は「志葉玲さん」です。
こちらにも、是非ご参加ください。

2017年8月 3日 (木)

漠然とした不安

火曜日は9月21日のまちづくり講座にお越しいただく倉本智明さんと打ち合わせをしました。

倉本さんには2006年に一度、お越しいただいています。
まちづくり講座がこんなにも長く続くなんて夢にも思いませんでした。

自分がこんなにも豊中で長く働くなんて全く考えていませんでした。

久しぶりにお会いした倉本さんは、お元気でしたが、
少ししんどそうで、というのも一週間のうちに2回、駅のホームに転落したのです。
一度はJRの大阪駅、もう一度は普段利用している最寄り駅。

さすがに最寄り駅での転落はショックだったようです。

夏バテで体調を崩していたのも関係しているのかもしれません。
打ち合わせは、ああでもないこうでもないといろんな話で盛り上がりました。

なかでも、すごく共感したのが2つありました。


1つはマイノリティへのヘイトスピーチやデモがひどくなってから
時々、漠然とした不安に襲われるということ。

私自身も5年前の妊娠のときは何も思わなかったのが
去年の妊娠は、なんだかすごく怖かった記憶があります。


マタニティマークをつけていたら罵声を浴びせられた、
ホームで後ろから押されたという記事をみて
電車に乗るときは、あえておなかを隠して扉側に立ったり、
人が少ない車両を選んだりしました。

マイノリティへの非寛容さが日に日に増幅していってる気がしました。
もう一つは、
人権問題のなかで、「やさしく」というのは障害者問題にしか出てこないということ。


「寝た子を起こすな」という意見があるのは部落問題だけですが、

「障害のある人にはやさしくしましょう」というのは、障害者問題だけなのです。


女性にやさしくしましょうとか、在日外国人にやさしくしましょうとはあまり聞きません。
なぜか障害者にだけ「やさしく」の言葉がつきます。
倉本さんに言われてハッとした気づきでした。
優しくするかどうかは個々の問題であって、「障害者」というカテゴリーだから優しくするというのは
別の問題ではないでしょうか?


障害者だって酔っぱらうし、遅刻するし、毒だって吐きます。

みんながみんなが、言葉少な目で控えめで可哀想な人ではないのです。

きっと、障害を理由に仲間はずれにしていたのを正すための啓発として
使われていた文言かもしれませんが、今はそういう時代ではありません。

教える側も学び直しが必要な時期になってきたのかもしれません。



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2017年8月 2日 (水)

パネル展「原爆と人間」開催中

豊中人権まちづくりセンターでは、パネル展「原爆と人間」を開催しています。

パネルは立命館大学国際平和ミュージアムよりお借りしたものですが、写真や絵をとおして原爆投下によるヒロシマ・ナガサキの惨状を伝えるとともに、戦後の核実験による被害などについても触れられており、戦争の悲惨さや核兵器の恐ろしさについて知ることができる内容となっています。

展示は8月2日~9日(日曜日を除く)までおこなっていますので、ぜひ、お越しください。

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2017年8月 1日 (火)

サマーワーク

今日から8月、夏真っ盛りで、炎熱の日が続く。

アサイチは定例の事務局会議。9月の第2回理事会に向け、4~8月の振り返りと9月以降の事業計画の策定作業を進めること、そして、先月の報告と今月の予定の確認を行った。HPにあるように8月もそれなりの事業が組まれているので、気は抜けない。

もう一つの懸案は、人権まちづくりセンターのあり方をめぐる問題だ。管理運営のあり方を含め、今後の方針を決めなければならないが、なかなかに頭の痛いことでもある。現在は市の直営で、一部事業を「協会」が受託しているが、このままでは立ち行かなくなるだろうとのことで、市でも検討が行われている。

「協会」でも昨年から議論をしてきているが、なかなかスッキリとはいかないのが現実だ。しかし、リミットは切迫しており、9月には「結論」を出さねばならない。

豊中と蛍池の2館あるが、それぞれ地域事情もあり、エイヤッというわけにもいかない。将来に禍根を残さないよう、丁寧に議論をすることが肝要だ。この1か月が山になる。

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