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2018年10月

2018年10月30日 (火)

人権まちづくりセンターの機能の見直しにかかる利用者説明会

人権まちづくりセンターの機能の見直しにかかる利用者説明会


11月3日(土) 10時~11時30分 豊中人権まちづくりセンター



11月3日(土) 17時~18時30分 蛍池人権まちづくりセンター



人権まちづくりセンターの機能の見直しにかかる利用者説明会




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2018年10月29日 (月)

障がい者雇用を進めるために

連投すいません。

記憶が新しいうちに・・・

ここ最近は連続学習会で豊中の催しチラシを配布してもらうだけで、なかなか参加が難しかったのですが、

今月は久しぶりに世界人権宣言大阪連絡会議の連続学習会に参加しました。

テーマは、「障がい者雇用を進めるために」

お話は、大阪知的障害者雇用促進建物サービス事業協同組合
通称エル・チャレンジの理事兼事務局長の丸尾亮好さん。


丸尾さん自身、昔、ビルメンテナンスの会社で働いており
そのときの障碍者雇用率がなんと5.5%だったそうだ。


その実績があるがゆえに、絶対に障害者の雇用はできるという断固たる自信に満ちていた。


自治体の障害者雇用の水増し問題。


障害のある人が働くこと、障害者のワークライフバランスではなく、

数字、法定雇用率を満たすことが目標になっていることを懸念されていた。


実際に雇用するとなると、考えなければいけないことがたくさん出てくる。
久しぶりの学習会はとても勉強になりました。

人の値打ち

世界人権宣言70周年記念豊中集会

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世界人権宣言70周年記念豊中集会


劇団石(トル)一人芝居「人の値打ち~たまちゃんとはるちゃん~」


主演:きむきがん


開催日時:1122日(木)18時開演(1730分開場)


会場:豊中人権まちづくりセンター(豊中市岡町北3-13-7


阪急宝塚線豊中駅徒歩10分・岡町駅徒歩8


チケット代:無料


主催:世界人権宣言豊中連絡会議


受付:当日会場(先着順)


一時保育:118日までに要申込。1歳から小学3年まで(ひとり200円)


問い合わせ先:世界人権宣言豊中連絡会議


電話:06-6841-5300 MAILbwz37306@nifty.com

人権スコラ

10月6日の人権スコラは、NPO法人多民族共生人権教育センターの文公輝さんと

山口県人権啓発センター事務局長の川口泰司さんのディスカッションの回に参加しました。


文さんには2016年3月、川口さんには2017年4月の人権文化のまちづくり講座にお越しいただきました。
川口さんにお越しいただいたとき、私は職場復帰をしたばかりで、


赤ちゃんもまだ6か月で、夜まで事務所に残るのが難しく
話を聞くことができませんでした。


なんやかんやで、川口さんのお話を聞くのは初めてだったかもしれません。


悪質化するネット社会の部落差別について、ヘイトスピーチ解消法の今後についてを

会場からの質問と共にお話いただきました。


ヘイトスピーチ解消法はあくまで理念法であり、罰則規定がない。


さらに、「ヘイトスピーチ」に限定されている。

在日外国人においては、ヘイトスピーチ以外にも差別や人権侵害がおきている現状を考えると

人権侵害救済法や、規制条例なども必要になってくる。




部落差別解消法も施行から今年で2年目を迎えるが、新たなアクションとして動き出す気配は見えてこない。

しかし、ネットでの差別は日々横行している。



部落差別に限らず、WEB上のマイノリティに対する攻撃は尋常じゃない。


差別の歴史や、知識や情報を学ぶことは、差別を止める盾にもなるし、

差別をする矛にもなりうる。



あなたの振りかざす矛によって、癒すことのできない傷を受ける人。
あなたの掲げた盾によって、生きるエネルギーを得る人。



そういう人たちが自分の周りにいてることをまずは想像してください。


インターネットは自分ひとりの世界ではありません。
モニターの向こう側には、さまざまな人種、属性、いろんな生き方をしてきた人たちがいます。


人として、どう生きるかを考えたとき、どうするかが問われている。
そんな気がした。

2018年10月17日 (水)

教職2年次研修で話す

数年前から、市の教職2年目の先生の研修でお話をさせていただいています。

今回は、人数が多かったので2回に分けて実施されました。

 

実感として、やはり先生方は部落問題との出会いが少ないと感じました。

たぶん「差別はいけない」という認識はあると思いますが、いざ自分が出会った時にどうするか?今回は、はじめに自分自身の部落差別の問題との出会いや、法律の話などをして、最後に、差別事象をもとに質問してみました。

 

はじめに、差別落書きの事例から「仕事以外の場で、差別的な落書きを見つけたらどうしますか?」と、数名の先生方に聞いてみました。回答には「同僚に相談する」や「この仕事をするようになったからですが、書いてある施設の方に伝える」などもありました。しかし「何もしない、そのままにする」も数名おられました。行動としては、何もしない、そのままにするですが、その時の気持ちは、気になるけれども、どう対応していいのかわからなかったり、まったく気にならない人もいるかもしれません。今回の話をきっかけに、出会った時に行動をおこしてもらえたらいいなという思いで話をさせてもらいました。

 

2つ目は、地区の問合せの事例から、「今度、○○市に引っ越しが決まったのですが、○○市に部落はありますか?」と保護者から聞かれたらどうしますか?という質問をしました。やはり「同僚や管理職に相談します」という回答もありましたが、「わからないので、わからないと答えます」という意見もありました。

中には「職場で相談すると思いますが、なぜ聞くのか気になる」という意見もありました。私自身が相談等でそういう場と出会った時に、なぜ聞くのか?というところで聞いていったことがあります。その中で、継続して話を聞ける場合は、身近な家族や知人などから聞かれることが多い事が見えてきたりします。まれに、「先生から聞いた」ということもありましたので、先生方には正しく知ってほしいし、子どもたちの中には、すでに差別意識が入っているかもしれないので、正しく出会う機会を作っていってほしいということでお話をしました。

 

終了後には、「今すぐできるかどうかわからないですが、是非やってみたいと思いますので、よろしくお願いします」と声をかけて来られた若い先生もおられました。


どのように伝わったかわかりませんが、今後もこういう機会が広がればいいなと思います。

2018年10月15日 (月)

じんけんSCHOLA

土曜日は人権スコラに参加しました。

テーマは原発と人権。

「7年目の福島第一原発事故~「自力避難者」の今~」で、

和歌山信愛女子短期大学教授の伊藤宏さんのお話でした。



伊藤さんには、2009年8月に、人権文化のまちづくり講座で一度お越しいただいたことがあります。



その時のテーマは「今さら聞けない核の話」で、日本は被爆国だけれども、


唯一の「被曝」国ではないこと、原発はクリーンではないし、赤字なことなど
色々お話いただきました。


その2年後にまさか国内で原発事故が起きるなんて、これっぽっちも思ってませんでした。


人権スコラでは、机のロの字にして、参加者も発言しながらの講義となりました。


現在、自主避難者は、「自力避難者」と呼ぶそうです。

東京新聞では、毎週水曜日に、福島の様子を掲載しているが

それ以外のメディアではあまり原発の状況や、県内の様子などが報道されることはすくない。

チェルノブイリの事故が起きた現在のウクライナでは、

20ミリシーベルト未満の年間放射能は
強制避難ゾーンなのに対して、福島では、避難指示解除準備区域となっている。


事故直後は反原発ムードが高まった日本だが、

今では再稼働が相次いでいる。


核燃料のゴミ処分の問題は今も解決していない。

それでも原発を動かすことで儲かるヒトとカネの薄汚さ。


何を根拠に原発がコントロールされているというのだろう。


微力でも私たちはしっかりと声をあげていかないといけない。

2018年10月11日 (木)

機関誌61号発行しました

機関誌61号を発行しました。
外注になり、読者のみなさんの反応が増えました。
とても嬉しくて、ありがたいです。

ですが、理事さん、評議員さん、監事さんからは

見た目が立派になってしまったことを、逆にプレッシャーに感じてしまい、

原稿依頼を断れてしまうことが増えました(笑)


無茶ぶりはせず、なんとか踏ん張って仕上げましたので、

どうぞご一読ください。


ご意見ご感想、お待ちしております。
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2018年10月 3日 (水)

轟木公園が閉鎖!

二つの台風の被害がまた判明しました。人権まちづくりセンターの南側にある轟木公園のグランドには、夜間照明塔がありますが、その一つが曲がっています。倒れる危険があり、立ち入り禁止となっています。まだ、樹木の一部も折れたままになっていて、復旧までにはちょっと時間を要するでしょう。お気をつけください。

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2018年10月 2日 (火)

「がいなもん 松浦武四郎一代」(河治和香)を読む

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  今年は「北海道命名150年」ということで、松浦武四郎が取り上げられているが、一体何者なのか?そもそも「命名」とはどういうこと?なぜ彼が?といくつかの疑問が浮かぶ。 

  松浦武四郎(18181888年)は、ウィキペディアには、「伊勢国(現在の三重県松阪市)で武士階級の下層身分である郷士・松浦桂介ととく子の四男として生まれる。幕末から明治にかけての探検家、浮世絵師、著述家、好古家。雅号は北海道人、多気志楼など多数。蝦夷地を探査し、北海道という名前を考案した」とある。  

幕末と言えば、欧米各国が日本に開国を迫り、あちこちに出没し、攘夷論が巻き起こるなど、騒然とした時代だ。そうした中で、武四郎は蝦夷地を伺うロシアの脅威を前に、樺太を含む蝦夷地を探検し、その地が日本国であることを記そうとした。

 

蝦夷地の探検にはアイヌの人々の協力が不可欠で、武四郎は松前藩とそれと癒着した商人たちによるアイヌに対する搾取や強制労働など、苛酷な仕打ちを目の当たりにし、このままではアイヌが絶滅してしまうとの危機感を持つに至る。

 

蝦夷地の状況に通ずる者として新政府にも取り立てられ、武四郎はその思いを実現すべく奮闘するが、孤立を余儀なくされ、意思を挫かれ、自ら辞職をし、一線から身を引いてしまう。

 

本書は、そうした松浦武四郎が自身を釈迦になぞらえた涅槃図(北海道人樹下午睡図「松浦武四郎涅槃図」)の制作を依頼した絵師・河鍋暁斎の娘・豊(後の日本画家・河鍋暁翠)を相手に、その破天荒、数奇な人生を語るという仕掛けで、軽妙なタッチで描かれている。その人となりを知るにはうってつけだ。 

 

「がいなもん」とは、伊勢地方で「とんでもない、途方もない」という意味だそうだ。

 

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