フォト
無料ブログはココログ
2019年4月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

最近のトラックバック

ウェブページ

« 2018年11月 | トップページ | 2019年1月 »

2018年12月

2018年12月25日 (火)

「ネットと部落差別」研究集会に参加して

全体プログラム

基調報告:松村元樹さん(公財)反差別人権研究所みえ

シンポジウム:「ネット社会と人権確立」

   ゲスト:谷口真由美さん・萩上チキさん・津田大介さん・川口泰司さん

 

はじめの松村さんの基調報告は、20177月にスタートした人権研究所の第6研究部門の「ネットと部落差別研究会」の報告でした。

 

 研究会では、ネット上の部落差別の実態把握や、解決に向けて取り組まれているモニタリング事業(ネット上の差別投稿などを把握し、削除依頼を行ったりする)についてと、今後の課題などについて取り組まれている報告でした。

 

 

 

 その後のシンポジウムでは、はじめに川口さんより「部落差別解消推進法」が施行されて2年になりますが、今後、現状をどのように認識し、どのように取り組んで行くか、みんなで考えていきたいということからスタートしました。

 

 

 

 津田さんは、大学のゼミで部落差別問題に出会ってから取り組まれていて、谷口さんは人権研究所の理事もされています。萩上さんは、はじめは「メディア論」からでしたが、「社会の理不尽を減らしたい」と言う思いで取り組まれています。

 

 

 

 シンポジウムのはじめは、川口さんから「ネット上の部落差別の現状について」部落の地名公開の問題や、ネットで検索をしたときに、「ベストアンサー」とされる情報の7割が偏見や差別的な内容で、それを見て、部落に対して「近寄らない方がいい」と思ってしまう現状があることから、意見交流が行われました。

 

 

 

 津田さんからは、ネット上の差別やヘイトスピーチに対して、プラットホーム事業者が、このような情報に対して、責任を取らなくて、流している人の責任となっていることが問題であるとのことでした。

 

 

 

 萩上さんは、ネット上の差別がお金になるようになっている。

最近は、AIスピーカー(携帯電話などを使って声で検索する)での回答が、ウィキペディアの内容が回答されている事が多いが、それ自体が悪い内容もあるということでした。

 

 

 

 谷口さんは、私たちの周りでも、ネット上の情報を信じてしまう大人がいて、大人が広めているケースもあるので、ネットの問題は若い人だけではないというお話もしていただきました。

 

 

 

私が参加して、個人的に記憶に残った部分と、個人的な感想ですが、全体的に、教育や啓発をはじめ、法規制の必要性についての意見が出されましたが、最終的には、私たち一人一人がネット上に正しい情報を、よりたくさん発信する事が大事だということがすごく理解できた研究集会となり、あっという間の4時間で、もう少し聞いていたかったと感じました。

 

Photo_2

人権スコラ「はじめてみよう!これからの部落問題学習」④

第4講:部落に対する誤解や偏見を批判する力を獲得する教育とは

講師:石元清英さん(関西大学)

 全4講のうち、3講目は参加できませんでしたので、3講目の内容は分かりませんが、4講目に参加した感想を書かせてもらいます。

 はじめに、ネット上での部落問題に関わる情報が、間違った情報が多いということで、大学生にアンケートを取っても、ネット上と同じような回答が出てくることから「部落とは何か、部落民とはだれなのか」について、歴史的な経緯の中で、近世賤民身分の人たちの仕事や生活について説明していただきました。

 その後「部落差別の根拠は何か」について、「血筋の違いが根拠という見方があるが、結婚の情報をデータから見ても、血筋で線引きできない事が見える。漠然とした、異質視から差別につながったと考えられる」というお話で、最後に、「部落の生活実態について」大阪府の2000年の調査から説明していただきました。

 終了後の質疑応答では、50年経っても部落差別は変ってないと思う。50年後もこのままなのか?部落差別をなくすには、どうしたらいいのかという質問などが出されました。

 今回参加して、最後の質問にもありましたが、今後どうしたらなくせるかについて、教育のところでは、本当にしっかり伝わる教育が必要だと思います。法整備の問題もあると思いますが、ネット上での差別意識が広まっている現状からも、ネットを利用されない方は、人との関係の中で伝えて行くとか、ネットを利用される方は、ネット上で正しい情報を発信するなど、私たち一人一人が意識的に発信していく事が大事ではないかと思いました。

直観読みブックマーカー

先週の木曜日は、宝塚の女性センターで開催された「直観読みブックマーカー」に参加しました。

140

直観読みは一度だけ体験したことがありましたが、

直観読みもですが、「まわしよみ新聞」の考案者でもある陸奥さんが直々に進行役をされるということで

お会いしたことがなかったのでいってきました。





141

直観読みブックマーカーは、「本を手にするきっかけ」として考えた「本遊び」とおっしゃってましたが、

本を手にするきっかけにもなるし、コミュニケーションのスキルアップにもつながるなーとしみじみ思いました。


直観読み、まわしよみ新聞以外にもいろんな手法で遊びや学びにつながることをされている陸奥さん。



参加者は年配の方が多く、最初は「何をさせられるねん」といった雰囲気を醸す参加者もいましたが、


終わる頃には「次はいつですか」とすっかりはまっていました。


まわしよみ新聞もとても楽しい学びの時間なので、協会でも実施したいです。


139


2018年12月21日 (金)

野田こども園人権研修

 20日、野田こども園の人権研修で解放会館保育所ができた経過から
 
 同和保育の大切さ、特別の保育じゃなく人が人として当たり前に

 育つために大切なんだということ、そして部落差別の現状などの

 話をさせていただきました。
 

 その後、グループに分かれ「自分は部落差別をなくすために何ができるのか」をテーマに

 話を出し合いグループでまとめ発表されました。
 
 
 
☆知らないことは怖いことだと思った。これからもっと知っていき、おかしいことを
  
  おかしいと言えるようにしていきたい。
 
 ☆子どもをありままに受け入れ、常に子どもにどう思うかを聞き、お互いの思いを
 
  知り合えることのできる保育をしていきたい。
 
 ☆おかしいことはおかしいと言える強い意志を持った子になるよう保育をしていきたい。
  
  構えず部落問題を話せるようにしていきたい。
  
 ☆自分のしっかりした意見を持ち決めつけをしない、そしてささえあえる仲間を作って
   
  いける保育をしていきたい。
  
 ☆部落差別は昔のことと思っていた。今日、今もあることだと知れてよかった。
  
  いろいろな中で共に育っていく心地よさの大切さを子どもたちに伝えたい。
   
  部落問題を自分にも関係のある問題としてもっと知っていきたい。
   
  ちがうことをちがうと言えるようにしていきたい。


 いろいろな事を素直に吸収していく子どもたちに関わっている大人の感性、価値観

 は常に磨かないといけないなと痛感しました。

 これからの人生、また保育に少しでも変化があればいいなと思います。


 私は話しをし意見をいただくと、いつも自分は・・・と考えてしまいます。
 

 また、自己内対話の始まりです 。
 
 
 

2018年12月19日 (水)

藤田敬一さんの話を聞いて

 

1213日におこなわれた人権文化のまちづくり講座では、

 

「いのち・生き合う わたしの歩んで来た道」をテーマに

 

藤田敬一さんから4年ぶりにお話を聞いた。

 

毎回、会場を歩き回りながら参加者に向けて

 

「今、一番伝えたいこと」を伝えるとともに、

 

差別の現状や課題について強調するのではなく、

 

生き方の問題として部落問題を語るスタイルはこの日も健在。

 

そして淡々と話していたかと思ったら、参加者への突然の質問タイム。

 

いつ誰が指名されるのか、どのタイミングでどんな質問がくるのか全く分からない。

 

しかし、会場が変な緊張感に包まれることは一切なく、

 

逆に和気藹々とした空気に包まれるから不思議だ。

 

ちなみにこの質問タイムは司会だろうと関係ないようだ。

 

「司会だから大丈夫だろう」と勝手に思い込んでいたら

 

3回も指名されてしまった(これはこれで逆においしかったけど)。

 

相変わらずの視野の広さと話の引き出しの多さに圧倒させられてしまい、

 

どのお話がどのように良かったなどと具体的にまとめることはできないが、

 

おそらく会場にいた約90名にとって「恐怖の2時間」ではなく、

 

「学びのある2時間」になったことは間違いないだろう。

藤田敬一さんとの再会

 いつも気持ちがしんどくなった時、

藤田さんなら何て言われるかななど思う事があるほど、

私の中では自分を変えてくれた一人です。


 先日もあまりにもうれしい再会に、思わずハグをしてしまいました。


 12年前「ともに生き合う」とは、

こだまのように心が響き合う関係、
そして人と人との関係の中に対等が必要なんだという事を、
わかりやすく話をしてくださり、肩肘張ってガチゴチで生きていた私にとって、力を抜いて部落問題と向き合ったらいいんだと思わせてくれました。


 その後もそのつどお会いするたびに今の自分を確認してきました。

 
 先日も4年ぶりにお会いでき話を聞いて
 
〇自己内対話   


 自分と向き合うことなしに人と向き合うことは難しい。


〇一人からはじめる 


 一人でできることもしないで、みんなでやろうと言わない。 

               
 一人でできることは高が知れているが、一人だからこそできることがある。


 また新たに今の自分の状況に合わせてこれまでの思いを塗り替えることが出来ました。


 

2018年12月18日 (火)

☆藤田敬一さんのお話を聞いて☆

 

 藤田さんのお話を聞くのは、4年ぶり2回目でした。

 

 途中からでしたが、とても分かりやすいお話で、それは、これまでのいろんな経験から、「相手に聞いて欲しいと思うなら、聞いて欲しいと思う者が努力する」というお話とも重なり、だからこういう話ができるのだと思いました。

 私も、この言葉を大事にしたいと思います。

 

 藤田さんのお話の中に、差別問題について話をする時には、自分の経験や学びの中で、実感できた事を言葉にするというようなお話があったと思いますが、私自身も、差別問題について話をする時に、以前は「こう話さないといけない」と思っていましたが、その頃は、間違ってなかったか凄く不安で仕方がありませんでした。でも、いろんな出会いや学びの中で、「自分はこういう経験や学びからこう思う」という話しをするようになりました。もちろん毎回反省はしますが、今回の藤田さんのお話を聞いて、やっぱりこれでよかったのだと、確認できる機会でした。

 

 他にも、参加者アンケートからも「絶対的な差別者」や「絶対的な被差別者」はいないという内容にも、共感されている方も多かったです。

 

 藤田さんのお話は、本当に日常と重なる内容が多く、どれもが人権と重なることなのだということが、参加されたたくさんの方々にも伝わっていました。

 

参加できなかったけど感想を。

10日の月曜日に次女(2歳)が緊急入院となった。

救急病棟に移動して、開口一番に私が尋ねたのは

「退院、いつですか」 だった。


だって、13日は私が会いたくて企画した藤田敬一さんが4年ぶりに豊中に来はるのに!!


チラシも作って、五中の元教員のAさんにも「藤田さんがきはりますよ!」って誘ったし
よりによってなんでこのタイミングで入院!!!


入院自体は3日間で済んだものの、「とにかく安静に」と言われ、結局、藤田さんにはお会いできなかった。


お話を伺うことはできなかったけど、少し感想を記したい。


会えなかった悔しさと、私が書かなければ事務局が誰も書かないから率先して書く。



私が藤田敬一さんに初めてお会いしたのは2006年7月、まちづくり協会主催の人権サロンだった。


飛鳥会事件が起きて、解放運動に対するバッシングが非常に激しかった時期だ。


兵庫の部落解放人権研究所でバイトをしていたときに本の整理作業をしていたので、「同和はこわい考」の本は知っていた。


藤田さんのお話は理屈ではなく、「どう生きるか」という人として根底の部分を示してくれたように感じた。

研究所にいてたとき、差別されても仕方がないと思って生きていた私は

「怒ってもいいんだ」ということを学んだ。

俗にいうエンパワメントだ。


しかし藤田さんには、その「怒り方」がどうあるべきかということを学んだ。

差別する側、される側、その両側を超えるには、声を荒げるだけでは解決しない。


声をあげてはいけないのではなくて、どう声をあげるか。

それが



「話を聞いてほしいのなら、聞いてほしいと願う者が努力するしかない」




ではないのだろうか。


差別は理不尽だ。許されるべき行為ではない。

けれども、意識的にも無意識にも差別をする人間はいる。


それに対して「やめて!」というのはかなりのエネルギーを要する。


聞いてもらいたいとういう努力はエネルギーを消耗する。


再びエネルギーを充電したり、満タンにしてくれるのが

「人」なんだろうなぁと思った。


人との出会い、いい出会い(もちろん良くない出会いもあるがそれも人生だ)、

それこそが人間を豊かして成長させてくれる糧なのだ。


12年前に聞いた人権サロンの話の内容はほとんど忘れてしまったが、

「人としてどう生きるか」

そのときのこの言葉は今も私の心に残っているし、ふとしたときに思い出す。


そして私が生きるうえでの、選択を迫られたときには今でもこの言葉が頭をよぎる。


私だけ、4年ぶりの再会が叶わなかった。

それを口実に藤田さんがお元気なうちに、校区先生たちと一緒に藤田さんを招く企画を練りたいと思う。

そのためのエネルギー消費は本望であり、嬉しい限りだ。

部落解放研究第52回全国集会報告③

岡山全研3日目の報告です。全研最終日となる3日目は、再びジップアリーナを会場に全体会がおこなわれ、特別講演として「ヘイトスピーチを許さない社会をめざして」をテーマに在日2.5世のフリーライター李信恵さんから、度重なるヘイトスピーチで苦痛を被ったとして2014年に在特会元会長とインターネット掲示板まとめサイト管理人を相手にそれぞれ裁判を起こしたこと、そして、昨年11月と今年6月、それぞれの裁判で勝利したことについて報告がありました。

李さんはこれまでの苦しい闘いを振り返るとともに、今回の裁判で「民族差別」だけでなく「女性差別」についても認定される判決が出されてめちゃくちゃ嬉しかったこと、大杉弁護士や上瀧弁護士をはじめ、いろんな人たちの応援のおかげで裁判に勝利できたことについて熱く話されていました。

この日、李さんはチョゴリを着て登壇されましたが、このチョゴリには李さんを応援する人たちからの様々なメッセージが書かれているそうです。

 

この間、ヘイトスピーチ解消法が成立したり、ヘイトスピーチを規制する条例がつくられるなど、ヘイトスピーチの解消をめざして取り組まれてはいますが、街中でのデモ行進、インターネット上での差別扇動など、ヘイトスピーチは今も後を絶ちません。

李さんも話されていましたが、ヘイトスピーチとは私たちが暮している社会を蝕む「ウィルス」のようなもので、きちんとした教育、きちんとした出会いや繋がりをとおして、ヘイトスピーチに対抗していくための強力な「ワクチン」を作っていく必要があると思います。

Img_20181129_093614_2018121518073_2

2018年12月17日 (月)

藤田敬一さんの話を聞いて

13日のまちづくり講座」では、まもなく80歳になるとは思えない若々しさと瑞々しさを放ちながら、2時間、たっぷりの藤田節を堪能した。4年ぶりだったが、一段とパワーアップし、一言一言がじわーっと沁みてきた。

レジメを見ていただければ、おおよその話の筋・流れはおわかりいたでけると思うが、私が思ったことは二つ。

一つは、さまざまな人との出会いがあり、時にそれが生き方に関わるものとなり、その後の歩みに活かされてきたことだ。

人との出会いは偶然の連なりの結果だと言えるが、それを呼び込むのはその人の生き方のありようだとも言える。その意味では、藤田さんの人としてのありようが、無数の人との出会いを引き寄せてきたのだろう。

もちろん、よき出会いばかりではなく、「失敗」もあった。しかし、それを隠さず、なかったことにしないで、自分の間違いを認め、改める柔らかさを持ち合わせているところが、なかなかだと思う。

もう一つは、話ぶりが柔らかいなあということだ。藤田流に言えば、それは自己言及的であるから、自分はどうなのかということが芯にあるからということになる。他者を論じたり、批評することは難しいことではないが、自己を顧みて晒すことはそうではない。

苦痛を伴うから、できれば避けたいと思うのが人情でもある。それを努めて自然体でやってのけているところは、凡人の私には及びもつかないなあと恐れ入る。

そして、思う。私もこの2点を心して、これから生きていきたいものだと。(SSK)

 

「いのち・生き合う─わたしが歩んできた道2018/12/13.

                                           藤田 敬一

 

1.部落(差別)問題とわたし

 1)「出会っても忘れた」わたし・「涙が乾けば忘れた」わたし―再会(1958

  2)木村京太郎(190288)─「現場」の大切さ

  3)朝田善之助(190283)─「部落解放理論」

 4)米田富(190188)―「理屈と膏薬は…」

 5)1958年から60年─人びとのやさしさに支えられて

 

2.部落差別とは

1)「日本列島の歴史の中でつくられた『特定の地域』とそこに住む人びと、またはかつてその地域に住んだことのある人びととその子孫を特異視・特別視して、暮らしの中で、避けたり、仲間はずれにすること」

2)1871年(明治4年)「太政官布告」(解放令)─自然解消論・部落更生論を超えて

3)1922年(大正11年)「全国水平社」創立─「水平社宣言」─「人間」という言葉

4)同和対策審議会答申(65)と特別措置法(692002)─「生活実態の改善と偏見の克服」を求めて

5)部落問題の現状と課題─人権感覚の広がりと深まり─「和解と関係の修復」を願う

 

3.間違いと失敗から学んだこと

1)「寝ている人を起こした」わたし─「べきである・ねばならぬ」では肩が凝る

2)「話を聞いてほしいのなら、聞いてほしいと願う者が努力するしかない」

3)「穏やかに、丁寧に、じっくりと語りかける」こと

)「言葉や知識から出発しない」─自由・平等・差別・人権

5)「身近なところから深く感じ、広く考える」

6)自分を問う─自己言及的に語ること 

 

4.「生まれ・生い立ちを理由にした偏見と差別」としての部落問題

1)「人間とは、自由な意思で選んだわけでなく、個人の努力だけでは変えられない事柄を持って、この世に投げ出された存在」─事故・病気─「刷り込み」の克服

2)「日は紅しひとにはひとの悲しみの厳かなるに泪は落つれ」(室生犀星)─想像力と共感─「『こころ』はだれにも見えないけれど、『こころづかい』は見える/『思い』は見えないけれど、『思いやり』はだれにも見える」(宮澤章二)

3)「言葉などさして大事でないらしい抱き締め合える力があれば」(気仙沼高校生)

4)「肉体がこころを持つということを確かめたくて握手している」(門田照子)

5)自己内対話・自己対象化─「しない」とこころに決める

6)「ひとりでできることは高がしれているが、ひとりだからこそできることがある。ひとりでできることもしないで、みんなでやろうと言わない。」─不断・普段の努力

 

2018年12月12日 (水)

部落解放研究第52回全国集会報告②

遅くなりましたが岡山全研報告の続きです。2日目(11月28日)は岡山市内いくつかの会場にわかれて分科会がおこなわれました。

僕が参加した分科会では「部落差別事件の今日的特徴と課題」をテーマに、鳥取ループ(示現社)に対する裁判および糾弾闘争についての現状報告とともに、部落解放同盟東京都連、長野県連、香川県連のそれぞれから近年起こった部落差別事件や差別状況についての報告がありました。

また、会場の参加者からも「最近、差別を正当化したり、堂々と差別発言をおこなう人間が増えてきたように感じる」「一部でこうした差別者を支持するような動きも出てきている」など、現状を危惧する意見が出されました。

しかし、現行の法律だけでは差別を明確に禁止したり、厳しく処罰することはできません。今回、報告があった差別事件についても効果的な対処が難しく、法の限界について痛感させられるケースばかりでした。

差別を明確に規制したり・取り締まっていくための法律の実現とともに、国・地方自治体・企業・市民など、社会全体で差別を厳しく監視したり、削除していく動きや流れをつくっていけるよう働きかけていく必要性を改めて感じます。

Img_20181128_102817_2018121211383_3


「写真で学ぼうSDGs 持続可能な開発目標」開催中!

豊中人権まちづくりセンター2階では、2015年に国連サミットで採択された世界の共通目標「SustainableDevelopmentGoals(持続可能な開発目標)」の普及啓発を目的にパネル展「写真で学ぼうSDGs 持続可能な開発目標」を開催しています。

Dsc_4403

上智大学よりお借りした「持続可能な開発目標(SDGs) 学生フォトコンテスト2018」の受賞作品やeMIRAIE環境交流センターよりお借りした「SDGs17の目標」の解説パネルなどを展示しています。

Dsc_4406_2

Dsc_4408

どなたでも無料で見学できますので、ぜひ、お気軽にお越しください。


期間:12月12日(水)~21日(金) 9時~17時まで(日曜日はお休み)

場所:豊中人権まちづくりセンター(阪急宝塚線豊中駅より徒歩10分)

2018年12月 8日 (土)

「人権平和センター」条例が可決される

12月7日、午前10時から開かれた豊中市議会12月定例会の総務常任員会で、現行の「人権まちづくりセンター」条例を廃止し、「人権平和センター条例」を設定する議案の審議が行われました。

どの委員も、平和のとりくみをすることについては賛成意見を述べましたが、それによって豊中のセンターの3階を占めている児童館が「廃止」されることについては一部の委員から異論・異議が出されました。結果は、賛成多数で可決となりました。

しかし、年間5万人を超える利用者がある児童館をどうするのか。いまだ当事者である子どもや保護者に対する具体的な説明はないままです。既成事実を積み重ねていくようなやり方は禍根を残します。

条例(全文)

 

市議案第120

   豊中市立人権平和センター条例の設定について

 豊中市立人権平和センター条例を次のように設定するものとする。

平成30年(2018年)1129日提出

 

                                豊中市長  長 内 繁 樹

 

 (提案理由)

 

 人権平和センターの新設に伴い,同施設の名称,位置,事業等を定めるため,提案するものである。

 

 

豊中市条例第  号

 

   豊中市立人権平和センター条例

 

 

 

(設置)

 

1条 基本的人権尊重の精神に基づき,差別や偏見のない人権尊重に根ざしたまちづくりをすすめ,同和問題をはじめとするあらゆる人権問題の解決を図り,もって平和な社会の実現に寄与するため,豊中市に人権平和センターを設置する。

 

 

 

(名称及び位置)

 

2条 人権平和センターの名称及び位置は,次のとおりとする。

 

1)名称 豊中市立人権平和センター豊中

 

2)位置 豊中市岡町北3丁目137

 

2 人権平和センターに分館を置き,その名称及び位置は,次のとおりとする。

 

1) 名称 豊中市立人権平和センター螢池

 

2) 位置 豊中市螢池北町2丁目31

 

 

 

(事業)

 

3条 豊中市立人権平和センター豊中又は豊中市立人権平和 センター螢池(以下「センター」という。)は,第1条の目的を達成するため,次に掲げる事業を行う。

 

1) 人権及び平和に係る啓発に関すること。

 

2) 人権及び平和に係る調査及び研究に関すること。

 

3) 市民の総合相談及び福祉の推進に関すること。

 

4) 市民の交流活動の促進及び自主的まちづくり活動の支援に関すること。

 

5) その他市長が必要と認める事業

 

2 市長は,前項の事業の実施に支障のない限りにおいて,センターの施設を一般の利用に供することができる。

 

(使用承認)

 

4条 センターの施設を使用しようとする者は,あらかじめ市長の承認を受けなければならない。承認された事項を変更するときも同様とする。

 

(使用制限)

 

 

 

5条 次の各号のいずれかに該当するときは,センターの施設の使用を承認しない。

 

1) センターの設置目的を損なうと認めるとき。

 

2) 他人に迷惑を及ぼすおそれがあると認めるとき。

 

3) 営利を目的として使用するものと認めるとき。

 

4)暴力団(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(平成3年法律第77号)第2条第2号に規定する暴力団をいう。以下同じ。)の利益になり,又はなるおそれがあると認めるとき。

 

5) 管理上支障があると認めるとき。

 

6) その他市長が適当でないと認めるとき。

 

 

 

(使用承認の取消し等)

 

6条 市長は,センターの施設の使用承認を受けた者(以下「使用者」という。)が次の各号のいずれかに該当するとき は,使用の条件を変更し,又は使用承認を取り消すことがで きる。

 

1) 使用承認の条件に違反したとき。

 

2) この条例若しくはこれに基づく市規則の規定に違反し,又はこれらに基づく指示に従わないとき。

 

3) 承認を受けた使用の目的以外に使用したとき。

 

4) 暴力団の利益になり,又はなるおそれがある使用をするとき。

 

5) 管理上支障があるとき。

 

2  前項の規定による使用の条件の変更又は使用承認の取消しによって使用者に損害が

 

生じても,市はその責めを負わない。

 

 

 

(入館の禁止)

 

7条 市長は,次の各号のいずれかに該当する者には,入館を禁止し,又は退去を命ずることができる。

 

1) 他人に危害を及ぼし,若しくは他人の迷惑になる物品又は動物の類を携帯する者

 

2) 管理上必要な指示に従わない者

 

3) その他管理上支障があると認める者

 

 

 

(使用料)

 

8条 使用者は,別表に定める額の範囲内で市規則で定める使用料を前納しなければならない。

 

2  使用者が附属設備を使用するときは,市規則で定める使用料を前納しなければならない。

 

3  市長は,特別の理由があると認めるときは,前2項の使用料を減免することができる。

 

 

 

(使用料の返還)                   

 

9条 既納の使用料は,返還しない。ただし,市長が特別の理由があると認めるときは,その全部又は一部を返還することができる。

 

 

 

(使用者の義務)

 

10条 使用者は,次に掲げる義務を履行しなければならない。

 

1) 承認を受けた目的以外に使用し,又は権利を譲渡し,若しくは転貸しないこと。

 

2) 使用承認のない物件を使用しないこと。

 

3) 建物,附属物又は器具を滅失又は毀損しないこと。

 

4) 火災防止に努めること。

 

5) 使用後は,速やかに原状に回復し,清掃すること。

 

6) その他市長が指示した事項

 

 

 

(設備の承認等)

 

11条 使用者は,特別の設備又は装飾をしようとするときは,あらかじめ市長の承認を受けなければならない。

 

2  使用者は,前項の規定により設備又は装飾をしたときは,使用後速やかにこれを撤去して,原状に回復しなければならない。第6条第1項の規定により使用承認を取り消されたときも同様とする。

 

3  使用者が前項の義務を履行しないときは,市長が執行し,その費用を使用者から徴収する。

 

 

 

(損害賠償)

 

12条 使用者の責めに帰すべき理由によって建物,附属物又は器具を滅失し,又は毀損したときは,使用者においてその損害を賠償しなければならない。

 

2  前項の賠償の方法及び額は,市長が決定する。

 

 

 

(委任規定)

 

13条 この条例の施行について必要な事項は,市規則で定める。

 

  

 

附 則

 

1  この条例は,平成3241日から施行する。ただし,次項の規定は,市規則で定める日から施行する。

 

2  第4条の規定による使用承認及びこれに閲し必要な手続その他の行為は,この条例の施行の日前においても行うことができる。

 

3  人権まちづくりセンター条例(昭和47年豊中市条例第53号)は、廃止する。

 

4  委員等の報酬及び費用弁償条例(昭和31年豊中市条例第19号)の-部を次のように改正する。

 

2条第1項中第47号を削り,第48号を第47号とし,第49号から第83号までを1号ずつ繰り上げる。

 

4条第3項中「同項第82号及び第83号」を「同項第81号及び第82号」に,「同項第81号」を「同項第80号」に改める。

 

5条第2項中「第80号」を「第79号」に,「同項第81号から第83号まで」を「同項第80号から第82号まで」に改め,同条第3項中「第2条第1項第81号」を「第2条第1項第80号」に改める。

 

別表

 

1  豊中市立人権平和センター豊中

 

                               
 

施設名

 
 

使用料(1日につき)

 
 

ホール(第1小集会室を含む。)

 
 

15,000

 
 

大集会室

 
 

8,000

 
 

1小集会室

 
 

5,000

 
 

2小集会室

 
 

5,000

 
 

1学習室

 
 

5,000

 
 

2学習室

 
 

5,000

 
 

料理室

 
 

6,000

 

 

2  豊中市立人権平和センター螢池

 

               
 

施設名

 
 

使用料(1日につき)

 
 

ホール(控え室を含む。)

 
 

10,000

 
 

講座室

 
 

4,000

 
 

料理室

 
 

3,800

 

 

備考

 

1  使用承認時間を超過し,又は繰り上げて使用するときは,当該超過し,又は繰り上げる1時間につき当該使用料金の2割を徴収する。この場合において,30分未満の端数は切り捨て,30分以上は1時間とみなす。

 

2  冷暖房装置を使用するときは,4割以内において市長が定める割合を当該使用料金に加算する。

 

 

 

2018年12月 7日 (金)

シンポジウム

シンポジウムは、立命館大学国際関係学部准教授の金友子(きむうじゃ)さんから

在日コリアン女性を対象にした調査の報告がありました。

アプロの調査は今回が二回目で、以前の調査は李月順(リウォルスン)さんに

まちづくり講座で報告してもらったことがあります。

在日コリアン、そして女性という複合的な視点でみていかなければいけないという点が強調されました。




田中一歩さんからは、部落にルーツをもつセクシュアルマイノリティとしての複合差別についてお話がありました。

自分の性に対して違和感を持ち出したものの、なかなかそれを回りに言えない葛藤、

言ったら「気持ち悪がられる」という思い、そんな秘密を胸に秘めながら生きてきたという。

地域の人たちの、悪気のない良かれと思っての言葉に感じる息苦しさはどうすればいいのだろうか。

その息苦しさが生きづらさになってしまい、地域にもなかなか帰ることができなかったという。

いろんな思いや思い出がよみがえってきたのか、時折、涙を流して話されていたのが印象的だった。

この日、配布された書籍「人権ってなんだろう」のイラストは一歩さんが手掛けていて

とても可愛らしいデザインだった。




藤原久美子さんのお話は、人権スコラで伺ったが、

障害女性の複合差別の根深さに今回もため息が出た。

「彼氏は?」「結婚は?」 

そんな性に関する質問からは一切排除される障害者・障害女性が

一歩、外で出ると、性被害・性の搾取にあう怖さ。

藤原さん自身が妊娠なさったときも、母親や医者に中絶をすすめられたという。

「子育てに制度がない」という言葉が印象に残った。

藤原さん自身が外出する際にはガイドヘルパーを利用できても、

子どもの通園には利用できないという。

今の子育てのしんどさは、やはり「子育てに制度がない」ということが関係しているのかなと思った。

障害者に配慮して、駅にエレベーターが設置されても
それを利用するのは、障害者だけではない。

高齢者や妊婦さん、子連れのベビーカーを押す人たち、

たくさんの人が利用できるのだ。

私は厚底ブーツが流行った時代に、初めてノンステップバスに乗ったとき

ものすごく感動した。

障害のある人に対しての配慮というのは、すべての人に対しても優しいものなのだ。

特権でもわがままでもなんでもない。

登壇者が女性が多かったからか、参加者も女性が多かったように思う。

割り当てられた役職の男性ではなくて、もっともっと女性がこういう集会や学習会に参加してほしいと思いました。

たくさんの知り合いに会えてとても嬉しかった日でした。

世界人権宣言70周年記念大阪集会①

連投すいません。
とにかく記憶があるうちに記しておきたいのです(切実)

5日は世界人権宣言70周年記念大阪集会に参加しました。

豊中集会は先月22日にひとり芝居を行いました。


大阪集会や大阪連絡会議主催の連続学習会は、
チラシを配ってもらってるのに、なかなか参加できず心苦しく思っていましたが、

大阪集会はなんとか参加ができました。


Img_20181205_130511


70周年を記念する今年は、弁護士で国連女性差別撤廃委員会の林陽子さんの基調講演と


「ジェンダーの視点から複合差別を語る」と題し、

金友子(きむうじゃ)さん、田中一歩さん、藤原久美子さんにそれぞれお話いただいた。


林陽子さんからは、「世界人権宣言」と日本語で訳されているけれども、

本来であれば、「普遍的人権宣言」だというお話があった。



日本は1956年にようやく国連に加盟できた。


ロシアに3回も拒否権を行使されたが、やっとの思いで夢だった国連に加盟したのだという。

しかし、国連に加盟することが夢だったはずの日本だが、条約が未批准だったり、

人種差別撤廃委員会から、何度も何度も勧告を受けているにもかかわらず、

法的拘束力がないことを言い訳に聞く耳を持とうとしない。


日本の今のあり方は、国際社会からおいてけぼりをくらうんじゃないのかとさえ思うぐらいひどい状況にあると思う。

為政者の暴走が日増しにひどくなり、歯止めがきかなくなるのではという危機感さえ抱く。
林さんからはスペインでの事例を挙げながら、国内における状況に対して、さまざまな指摘があり、とても勉強になりました。


つづく

シアターセブンで観ました

世界人権宣言70周年記念大阪集会に参加する前に

シアターセブンで「愛と法」を観ました。

全員1100円デ―だったけれども、来場者は少なかったです。


Fさんが前記しているように、お二人は常に一緒。
といっても、それぞれに仕事を抱えているから、常にベッタリという訳ではない。


私はてっきり、事務所でも常に一緒、家でもずっと一緒と思っていたから、

無理無理無理無理、私絶対無理!

夫とそんなずっと一緒になんか絶対おられへん!と思っていたけど、

よう考えたら、二人とも忙しいから、別々に動いている。


ちなみに、夫に「俺も無理」って言われた。




けれども二人がお互いを尊重して思いやっているからできることだなと思った。


南さん、吉田さんはゲイの夫夫(ふうふ)


映画はこの二人だけでなく、ろくでなし子さん、君が代不起立裁判、無戸籍児裁判などもクローズアップされていた。


周縁化された人々の様子が映し出されていく。


余談ですが、ろくでなし子さんのお父さんの素敵さにびびりました。

見た目ではなく、娘を見守る姿勢というかスタンスというか
お父さんのああいうふうにいてくれていることで、娘は自分らしく生きられているんだなと思った。


日々、忙しく仕事をこなすなかで、ゲイであることを回りにばらされて、自殺を選んでしまった大学生に涙し、


被害者(シングルマザー)の母(もシングルマザー)が、「加害者の国籍は何?」と言ってきたことにいら立ちを隠せない。


「弱い人間が弱い人間を差別するっておかしいでしょ」と憤慨する。


見ようとしなければ見えてこない人たちがそこにはたくさん存在していた。


お誕生日プレゼントをもらったときの南さんのリアクションがとてもキュートでした。




監督さんがどういう人かというのは少し聞いていたけれども

劇中で監督さん自身についての話は一切出てこないので、

どういう経緯で二人を撮影しだしたのかとか、そういう情報が少し欲しかった気がした。




映画が始まる前、「カランコエの花」という映画の予告が流れた。


高校の教室で、教師が黒板に大きく「LGBT」と書き込む。
授業が終わり、子どもたちが談笑するなかで、一人の男の子が


「このなかにもおるんちゃうーーーーん」とニヤニヤしながらみんなを眺める。



いる。きっといるはずだ。


けれど、こんな風に笑いもの、のけものにされるであろう空気のなかで

「ありのままの自分を」「自分らしく生きよう」とは言うけども、


カミングアウトなんかできる訳がない。


現実を突き付けられた気分になった。



11116

2018年12月 5日 (水)

部落解放研究第52回全国集会報告①

11月27日から3日間、ジップアリーナ岡山(岡山県岡山市)を会場に開催された「部落解放研究第52回全国集会」に参加してきました。

この3日間で印象的だった講演や報告について、3回にわけて書いていきたいと思います。

まず、初日の全体会では、護憲派弁護士として有名な伊藤塾塾長の伊藤真さんから「改憲問題をどう考えるか」をテーマにお話いただきました。

他国からの恐怖を煽ることで抑止力を執拗に主張したり、インターネットや漫画を使ったイメージ戦略で若者に偏った愛国心を植え付けたり、時には「戦争は嫌だ!」という多くの人々の思いや願いでさえも逆に利用するなど、現政権がどのような手段と方法で“改憲”を押し進めているのか、そして、このまま行くと今後どのような社会になってしまうのかが、よく理解できる内容でした。

戦争とは「殺して良い人間と殺してはいけない人間を区別(差別)する行為」であり、「戦争を許す社会」とは「差別を許す社会」でもあるということです。

そんな社会には絶対してはいけない!伊藤さんのお話を聞いて改めてそう決意しました。

Img_20181129_084450_2018120517160_3

Img_20181127_132905_1_20181205171_2



 

2018年12月 4日 (火)

人権スコラ「はじめてみよう!これからの部落問題学習」②

2講目「自分のことばで部落問題を語るために-『差別語』問題を整理する」

講師:石元清英さん(関西大学)

今回は、これまでの「差別語」に対する問題の取り扱われ方についてお話しいただきました。

マスメディアにおける下品な言葉遣いや特定の個人や集団を揶揄するような言動が問題になることは、以前からあったが、ある言葉が「差別語」とされ、それを使用することが差別であるとみなされるようになったのは、1969年の雑誌「世界」3月号の回収事件からで、雑誌「世界」の中で「大学という特殊部落の構造を変える・・・」という掲載に対して、部落解放同盟が糾弾し、その後回収され、4月号で編集部が謝罪しました。

19737月には、テレビ番組内で「芸能界は特殊部落」という発言があり、番組内で謝罪しましたが、部落解放同盟が糾弾し、後日、同番組内で改めて謝罪しました。

197712月には、別のテレビ番組で「国会が特殊部落のようにならなければよい」と発言など、他にも事例の報告がありました。

このような経緯の中で、「差別語の使用=差別」と認識されるようになり、「えた」や「特殊部落」の使用が忌避されるようになりました。

その結果、取り扱いが難しい問題という認識が広まったのではないか。

「足を踏まれた痛みは、踏んだ人間にはわからない」、という認識は「資格の絶対化」=「思考停止になる」と捉えられ使えなくなっていった。

これは正しかったのでしょうか?

長年の取り組みの中で、「差別語」がいけないのではなくて、使い方の問題だったのではないかという見解が出され、書き換えられていた物が、本来の目的から、元に戻されている事実もあるということでした。

今回の講座では、いろいろな文章を元に、「差別語」を使えなくなった事で、部落問題を避けるようになったことに、少しは影響があったのではないかと感じました。

本来なら、差別問題が他人事ではなく、自分の問題として受け止められる事が大事だと思いますが、そこがなかなか難しい問題で、1人でも多くの人に、自分の事として受け止められるような取り組みが必要だと思いますので、今後の取り組みに返したいと思いました。

 

 

« 2018年11月 | トップページ | 2019年1月 »